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diary 大浦信行監督日記
2007年03月24日 15:34
監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)
3月23日(金)晴。
今日のゲストは増山麗奈さんでした。
これからも大いに頑張って欲しいと思います。
今日で3週間にわたったロードショー上映も終った。
上映を機会に色々な人達に出会えた。
普段よく会っている人もいれば、折々の仕事で一緒になるだけの人など、千差万別のゲスト陣と会話を交わすのは楽しかった。それぞれの人たちの、この映画についてのユニークな感想を聞きながら、なるほどねぇーと思ったり、ゲストの話に引き込まれて、ぼく自身が今まできづいていなかった自分の映画の無意識の部分を刺激され、それが言葉となって意識の上にのぼってきて、再認識させられるということもたくさんあった。毎日ゲストと話をするのは大変で、難儀なことだと思われるかもしれないけれど、決してそんなことはなかった。逆におもしろくワクワクする3週間だった。
というのは、宣伝のスタッフミーティングで、今回は毎日ゲストを迎えるという決定をした時、ぼくは次のようなことを考えていた。
表現者は、映画なら映画、絵なら絵、彫刻なら彫刻というように、作品をつくってしまえばそれで充分なのかもしれない。それがすべて。作品に本人の全エネルギーと全思想を注ぎ込んでいるのだから、表現者はあまりべらべらしゃべるものじゃない、という意見も一方にあると思う。それも一つの見識だ。
しかしぼくはそうは思わない。
作品に全エネルギー、全思想を込めるのは当然のこと。
ただ、そこに一つの落とし穴があると、ぼくはいつも感じている。作品がすべてというその発想の裏には、密かに芸術至上主義の毒牙が隠されている。
作品に個人のサインをして、「俺の作品だ」と泰然としているその態度が形成されたのは、たかだか近代300年のこと。オリジナル信仰を無批判のまま受け入れ、作品をつくっていることほど人々を小馬鹿にした傲慢な態度はないとぼくは常々思っている。
世界や宇宙のリズムに突き動かされるようにして出来上がってきた作品は、再び自己の身体を通過して人々の前に投げ出され、還元作用を起こしていく。そして最後は宇宙の微粒子となって「宇宙音楽」を奏でながら、この世界の真っただ中に漂い続けていくものだと、ぼくは考えている。
そのように考えているぼくにとっては、多くのゲストの人たちと会話を交わし、観客の皆さんと共有する時間と空間を持てたこともまた、作品の一部だと思っている。そのことは、永遠に終らない未完の作品を抱え込んで、ぼく自身が無名性の名のもとに生き続けるということでもある。だからたくさんのゲストの人たちとの出会いは楽しかったのだ。映画が媒体となって、そこから遥かな到達出来ない遠い希望もまた生まれてくる。そして次なる映画の旅が再び始まる。
ゲストの皆さんありがとうございました。映画館に足を運んで下さった多くの観客の皆さんにも感謝したいと思います。また次の映画でお会い致しましょう。
スタッフも紹介したい。
前作、本作ともすばらしい映像を撮ってくれた辻智彦クン。
近年彼は、若松孝二氏の映画を立て続けに3本も撮っている。この春には、中国のテレビ局制作のドラマ60話を彼一人で撮るという。中国からじきじきに彼に依頼があった。快挙。
録音の川嶋一義さん。大ベテラン。数々の修羅場をくぐってきた。うちの撮影チームの要として、縁の下の重しのような役割をはたしてくれている。大久保彦左衛門のような人。
制作の中村江位子サン。おっとりとしたマイペース型の性格が、時として現場の緊張感をほぐしてくれた。一服の清涼水。ちなみに、今回の映画の冒頭の橋を巡るシーンにかぶるナレーションは、彼女の声。無機的な声質の中に、そこはかとない哀しみをたたえて愁眉。
もう一人の制作、中村篤クン。撮影当初からこの映画に賛同してくれていて、そのゆったりとしたキャラクターが現場を楽しくさせていた。
韓国語監修の古川美佳さんは、前日(22日)の日記で書いた。
宣伝・配給のシネマチック・ネオ代表である工藤貴之クン。宣伝戦略の基本を練り上げ、足で稼いでチラシ9万枚を配りまくった。苦悩しながらも果敢にチャレンジしていく不屈の精神に脱帽。
宣伝フタッフの中里佳世さん。いつもニコニコしていた。その笑顔がかわいい。
同じく宣伝スタッフの田上真知子さん。言葉少なく、慌てず、さわがず、黙々と仕事をこなしていた。長年の経験から生まれる現場処理は絶妙。
みんなありがとうございました。
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