日本心中

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diary 大浦信行監督日記

2007年03月23日 14:31

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

3月22日(木)快晴。

ここしばらくは、冬に逆戻りしたような寒さだったけれど、3日程前から再び春のような暖かさがもどってきた。
桃の花が枝にたわわに花を咲かせている。
木瓜(ぼけ)も真紅色の大きな花を咲かせ、満開だ。
早咲きの桜も咲き出した。こぶしも白い可憐(かれん)な花を咲かせ始めた。
ベランダの大きなかめに飼っている20匹程のメダカも、気温が高くなってきたので水面に顔を出し、水藻(みずも)の間をゆっくりと泳いでいる。冬は冬眠状態になり、水底深くにじっとしていて、姿、形も見えなかった。気温が16度以上になると動き出すようだ。さっそくエサを撒いてやる。わぁっーと寄ってきた。
もうどこもかしこも春だ。早春だ!

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今日のゲストの古川美佳さんは。5時半上映の回の最初から見ていて、映画が終ってそのまま座席から舞台に上がってのトーク。
古川さんはもう5回程も見てくれているのではないかと思う。満を持しての登場。
古川さんの存在なくしては、この映画は語れない。今回の「9.11−8.15」と前作「日本心中」の韓国語監修はすべて古川さんの手によるもの。ただ単に韓国語を通訳するのではなく、その通訳が流暢だと云うのでもなく、古川さんの韓国語と日本語を結ぶ回路の中に「言霊」が宿っている。その言霊に導かれるようにして、金芝河の言葉が古川さんの無意識の古層に眠る死者の声と呼応し、響き合う。そして白い闇を通して世界の時空に言葉が立ち昇ってくる。
そのような倍音となった言葉は、霊力の磁場を形成し、人々の心を揺り動かし、革命の有力な武器にも成り得るのだ。
古川さんとのトークでは、自然と話は金芝河のことに及んだ。
つれづれに、思い出すままに二人で金芝河のことを話した。それは静かな会話の時間だった。金芝河が映画の中で語った言葉、「川の流れがたとえ上から下へと流れているように見えたとしても、その川の底では下から上へ、あるいは渦巻きながら逆流する水だってあるように、多様な、生命のリズムがあるのです。」のごとく、二人の話は上から下へ、下から上へ、そして時として逆巻き、ゆったりとした時間の流れに身をまかせるままに進んでいった。
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そこにはもう一つの時間が流れていたように思う。たった40分程のトークだったけれど、二人の尽きない話は、二時間もの時間が過ぎ去ったのではないかと感じるほど充実し、膨らみをもって拡がっていった。
これを神話的時間というのかもしれない。映画の中の神話的時間が、現実の世界の時空に染み出し、ぼくたちを知らず知らずのうちに揺り動かして、一時もう一つの歴史の時空に誘い出していく。金芝河の言葉が触媒となって、朝鮮と日本の底層に眠る「白い陰」の世界へと、ぼくたちをいざなっていったのだ。
思い返せば、金芝河があれ程までに心を開いて語ってくれたことは奇跡に近いことだったと、今になって気付く。
年月を経て3回の対談とインタビュー。延べ8時間にもおよぶ撮影。原州、晋州、ソウルを古川さんと一緒に回った。
原州はかつて、反独裁民主化を唱えた人々が、権力の軛(くびき)から逃れて隠れ住んだ所。密かに集って勉強会を行っていた場所。ここで針生一郎氏との対談を行った。
晋州は山深いお寺での撮影だった。鬱状態の極限に達していた金芝河。なんとか撮影を開始したものの、いつ病状が悪化するかもしれない。取り合えずカメラを回し続けた。ハラハラしながらのインタビューが進むうち、彼の目は次第に輝き出し、身を乗り出して話を始めていた。そして終ってみれば3時間半ものインタビューだった。
ソウル郊外にある金芝河宅での撮影。穏やかな表情で丹念にメイさんの話に耳を傾け、うなずき、彼女の心をほぐし包み込んでいく。その時もまだ、彼の中では鬱状態が続いていたのだ。
金芝河の人を思いやる、本質的な一面を垣間見たような気がした。

古川さんが、自分がなぜ韓国、朝鮮の文化や美術に惹かれていったのかを話す静かな語りのリズムに、会場の人たちもゆったりとした気持で聞き入っていた。
お椀(わん)を伏せたような丸い土まんじゅうの上に、やわらかい芝が一面におおわれているお墓が、傾斜した山間の風景の中に点在している。
それを見た時、自分の中に衝撃が走ったという。なぜなんだろう。つくった人々の心の根を知りたいと思った。そのような動機に突き動かされるようにして、次第に韓国、朝鮮の民衆文化、絵画の中に分け入っていったのだという。
だから、古川さんが金芝河に出会うのは必然のことだったのだと、ぼくは思う。
金芝河もまた、朝鮮民族の歴史と悲哀を抱え込んで今日を生きる、一人の殉教者なのだから。ぼくは古川さんに出会えたからこそ、前回と今回の映画を完成させることが出来た。それは歴史の時空を超えて漂っていた二つの微粒子が、志を同じくするある目的のもとに出会い、新たな光の束を造り出した瞬間だったのかもしれない。
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