日本心中

« 監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき) | メイン | 監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき) »

diary 大浦信行監督日記

2007年03月18日 14:06

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

3月17日(土)曇。

2時半頃、ポレポレビル一階にある喫茶店で、針生さんとスタッフの田上さん、ぼくでコーヒーを飲んでいた。今日のトークゲストの土井たか子さんを待っていた。緊張するなぁ。針生さんと話していても、なんとなく上の空状態だ。針生さんもいつになくテンションが上がっていて、声も大きい。目も光り輝いている。こういう時の針生さんは魅力的なんだ。なんとも云えず良い味を醸(かも)し出している。
3人で取り留めもなく、どうでも良い話をしていると、ふいに土井さんが秘書の五島さんを伴って現れた。
「あっ 本物だ。そっくりさんじゃない。」
全員自己紹介して、テーブルを囲んで雑談。秘書の五島(昌子)さんと針生さんが古くからの知人でもある関係で、今日の土井さんとのゲストトークが実現した。五島さんは終始ニコニコしながら、土井さんの側に控えている。とても感じの良い人で、その場がなごやかな雰囲気に包まれていく。自然と全員の緊張感もほぐれていく。
「五島さんのような秘書を持つと、主役が引き立つんだなぁ」と、五島さんの有能ぶりを目の当たりにして、内心うらやましく感じていた。
doi0039.JPG
土井さんはテレビで見るより細身で背が高い、ひじょうに穏やかでもの静かな方だ。それでいて、どっしりとした安定感がある。思わず悩み事を相談したくなった。なんでもしゃべって、心の内を暴露したくなる。土井さんならきっとわかってくれると思わせる、何か不思議なオーラを発散させている。

いよいよトークが始まった。
doi0040.JPG
土井さんは戦前女学生の時、大の映画ファンだった。そしてヘンリー・フォンダが大好きだったという。ある時、ジョン・フォード監督、ヘンリー・フォンダ主演のリンカーンを主人公にした映画を見て、政治家になることを決意した。リンカーンが政治家になる前、弁護士として黒人奴隷を擁護していた。それによってリンカーン自身も白人社会から非難され、白眼視されていた。しかしリンカーンは自分の意志を曲げず、信念を貫いていく。そしてアメリカ大統領になった。そのリンカーン(ヘンリー・フォンダ)の姿を見て、土井さんは自分も政治家になろうと決意する。そのためにはまず弁護士になろうと思う。映画館に入る前と出てきた時の自分の顔はあきらかに違っていた。人生の目標をはっきり掴んだと、その時感じた。
そのような政治家としての出発点の話を土井さんはした。ぼくも会場のお客さんも初めて聞く話で、とても興味深かった。
当初、針生さんは今日のゲストトークの予定ではなかったけれど、「土井さんが来るんだったら、ぼくも来ないわけにはいかないでしょう。」と、急遽(きゅうきょ)駆けつけてくれた。

針生さんは戦前、皇国少年で戦後は左翼になり、共産党に入った。しかし共産党のマキャベリズムとは相入れず、やがて除名となる。社会党の方が、自分の意見と近い存在だと思い、次第に社会党に心情的に近づいて行ったという。
「社会党」という言葉が出たので、ぼくは煥発(かんぱつ)入れず土井さんに聞いた。
「針生さんの言っている社会党について、土井さんはどう思いますか?」
doi0055.JPG
とすると針生さんは
「まだ話は終っていない。これから先があるんだ」
と言って、また話し出した。なんとか今日の主役の土井さんに多くを語ってもらおうと思っていたぼくの思惑(おもわく)は空振りする。そう簡単に引っ込む針生さんではなかった。
「ひとまず、ここで。」
針生さんの話がやっと終った。
「さぁ、土井さんの話を聞くぞー」
とぼくは気合いを入れて、土井さんに水を向ける。土井さんといえば“護憲”。そこからは土井さんの独壇場。張りのある太い声が会場に響きわたる。
「すげぇ迫力あるなぁ」。
テレビでよく見るあの土井たか子だ。おたかさん節全開だ。
doi0050.JPG
「憲法ができて、たったの60年。その憲法を私たちはいまだ生かしきっていない。その憲法を今、安倍政権は変えようとしているのよ」。
「自分は昔は社会党の右派と言われていたのに、今は超左派と言われる。自分はずーっと何ひとつ変わっていないのにねぇ。そう言っている人たちが勝手に変わっていっただけなのよ」。
途中で針生さんが、改憲、護憲について持論をちょっと言い始めると、土井さんはすかさず、「その考えに反対!」と言った。さすがの針生さんもその気迫に圧倒され、たじたじとなる。針生さんは苦笑するばかりだった。
もう時間も小一時間ほどたっている。会場のうしろでスタッフが、時間オーバーのばってんの合図を先ほどから出し続けている。ぼくは司会をしながら気が気ではない。
遠慮がちに言う。
「あのう、うしろでスタッフが、ばってんを出してますので・・・・・。そろそろ・・・」。その言葉に二人とも何の反応もなく、どこ吹く風。
土井さん、「あら、そう。私、目が悪いから見えないわ」。
うーん、参ったな。手のほどこしようがない。
ぼく自身、もっともっと二人の話を聞きたかった。会場の人たちも同じように感じていたと思う。あっという間の小1時間だった。針生さんと土井さんの掛け合いも絶妙だった。トークが終って 土井さんにぼくは言った。
「今度改めて、土井さん、針生さん、鵜飼さんなどを混じえて、トークの場をつくりましょうよ」。
土井さんは、「是非やりましょうよ。」と言った。

夕方から東中野で、スタッフ一同大いに飲んだ。盛り上がった。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.nihonshinju.com/mt/mt-tb.cgi/119

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)





無題ドキュメント