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diary 大浦信行監督日記
2007年03月17日 16:14
監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)
3月16日(金)曇。
雨宮処凛(かりん)ちゃんに会った。あえて処凛ちゃんと呼びたい。
処凛ちゃんのことは、土屋豊さんのドキュメンタリー映画、「新しい神様」の主人公として、ぼくに強烈な印象を与えていた。
民族派パンクロック「維新赤誠塾」のボーカリストとして、日の丸を掲げてライブハウスで歌い、吠え、叫びまくっていた。やがてそのライブハウスも出演禁止となる。
一水会のメンバーを前にして、「あんたら、つまんないよ」と平気で云う。
北朝鮮に行っても、「ピョンヤンは何もないところだ。スケジュールも全部決められているし、監視されているみたいで退屈だ。早く帰りたいよ」と云ったりする。
よど号のメンバーとピョンヤンで宴会をやった際、「連中、普段はすごく良い人たちなんだけど、酒が入ると途端にイデオロギーの話になって、ついて行けないよ」と、手持ちカメラに向かって小言でぶつぶつ呟く(つぶや)いたりする。縦横無尽な処凛ちゃんの魅力とパワーが、画面から遺憾なく発揮されていた。
その処凛ちゃんが今、ぼくの目の前にいる。アキバ系の女の子たちが着るような、メイド服の変形した洋服に、高い上げ底の靴を履いて、それこそ凛として座っている。
すごく慎ましやかで、ナイーブな人だ。小さな声で自分の内面に潜む言葉を確認するように、ゆっくりと静かに考えを述べていく。傷つきやすい、ガラスのような心根を持った人だと、すぐに直感した。その心根の中にとてつもなく大きなやさしさを抱え込んでいる。
帰国したよど号のメンバーの娘さんたちの面倒をみて、自宅に泊めてあげたりもしていた。重信メイさんとも、東京拘置所でお互い面会人同士として、しょっちゅう顔を合わせる仲だ。
その処凛ちゃんが、最近は作家として立て続けに本を出している。それも弱者の目線に立っての著作ばかりだ。
トークでは、昨日出たばかりだという「生きさせろ!」(太田出版)という本に添って、ぼくと二人で話をした。
この本では、フリーターやニート、ひきこもりといった、社会から疎外されはじき飛ばされてあがいている人々の地平から、資本主義という制度がその内部に抱える矛盾を白日のもとに晒(さら)していく。
彼女自身、10代の頃から20代中盤まで自傷行為が続き、オーバードーズも習慣としていたと云う。薬を飲みすぎて救急車で運ばれ、地獄の胃洗浄を受けたことも一度や二度ではなかったと云う。
だから自分と同じ経験をしている彼等の気持が痛い程わかるのだ。
その彼等、フリーターやニートやひきこもりの連中が立ち上がった。自分たちのことを「プレカリアート(不安定な労働者階級)と呼び、お互いに連帯し、アパートの家賃不払い運動や、「職をよこせ!」「賃金を上げろ!」「俺たちは食えないぞ!」と訴えていく。
処凛ちゃんはそれらの人々の集会やデモに参加し、彼等の切実な声に耳を傾け丁寧に取材を重ね、その実情をルポしていく。
そのようにして出版されたのが「生きさせろ!」だ。出来たてのほやほやで、熱い湯気が立っている。
彼女は云う。
「この運動は、かつての米騒動や百姓一揆と同じなのよ。イデオロギー抜きの『新たな革命』なの」と。
この新しく沸き上がってきた底辺からの声を、「新たな革命」と捉える処凛ちゃんの感受性をぼくは信用する。
本の中で彼女は、「我々は反撃を開始する」と高らかに宣言する。
自分自身の心の痛みを抱えながらも颯爽(さっそう)として、処凛ちゃんは今日も行く。
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