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diary 大浦信行監督日記
2007年03月10日 19:50
監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)
3月9日(金)曇。
夜7時30分過ぎ、ポレポレ東中野に行く。
今日のゲストの森(達也)さんはもうすでに来て、中で映画を見ているという。
森さんと話すのは楽しみ。ぼく自身、森さんにいろいろなことを聞きたい。
映画が終る直前に、会場から森さんが出てくる。久しぶりに見る森さんの第一印象は、「若いなぁ」だった。前回の日本心中の時もゲストとして出てもらった。あれから4年程経つけれど、その時とまるで変わっていない。ふさふさとした黒髪で、颯爽(さっそう)としている。万年文学青年のようだ。とても50才に見えない。なんといっても森さんの、あの大きな少年のような目が素敵だ。
森さんはかつて、オウムを題材にした『A』や『A2』を撮った。
2年前には、『拝啓 天皇陛下様』という、憲法第一条の「象徴天皇」の意味を問うドキュメンタリーをフジテレビの「NON FIX」という番組で撮ることになっていた。今上天皇を被写体にするドキュメンタリー。企画書も通り、オンエアーの予定も組まれていた。カメラも30時間程回し始めていた。ところがフジの上層部からの圧力で中断を余儀なくされる。
当時、森さんが「天皇」を撮っているという話は聞いていた。そしてしばらくして、降板したという噂(うわさ)を耳にした。
森さんはメディアの世界にいながら、絶えずそこからはみ出している。境界線に立っている。
ぼくは、『A』や『A2』と『拝啓 天皇陛下様』との間に横たわる、森さん自身の天皇へのこだわりを聞きたかった。
トークの内容は当然そこへ向かった。
森さんの話。
「今上天皇は『日の丸』『君が代』に対して、複雑な思いが実は胸のうちで交錯しているのではないかと思う。人間でも神でもない宙ぶらりんな自分の存在の内面を見つめて、矛盾や葛藤を抱えているんじゃないかと ぼくは妄想する。もし そうだとしたら、それは、この国全体が軋(きし)んでいるんだ。今上天皇のうちなる葛藤と、自分のそれへの『思い』を一人称で記録したかった」。
純粋で真っすぐな性格の森さんをみていると、何かホッとする。
等身大でものを考え、とんがっていて、むきになって権力に向かっていくところがぼくは好きだ。
その森さんが、「もう2年間なにも撮っていないんだ」「だからこんなところに出て来て、映画監督として紹介されるのは、何か居心地が悪くていやなんだ」と言う。ぼくはその正直さに感じ入る。
でも森さん、大丈夫ですよ。映画は5、6年撮っていなくても、あるいは10年冷や飯を食っていても、公開すれば、「○○監督、待望の新作」「構想10年、満を持しての登場」で充分通用しますから。人々は必ず待っていてくれます。見ていてくれる。森さんの一途な性格は、いずれ自分の内部から突き上げてくる主題に抗(あらが)いきれず、それは次第に発酵し、熟した大きな果実となって立ち現れてくると、ぼくは信じている。
トークが終ってロビーに出て、二人でテキストにサインをしている時、森さんは、ひとりひとりに「ありがとうございます」と言って、深々と頭を下げ続けていた。
ぼく以上に頭を下げていた。
この真摯(しんし)な森さんの姿を、ぼくは忘れない。
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