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diary 大浦信行監督日記
2007年03月07日 16:45
監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)
3月6日(火)曇のち雨。
8時40分起床。今日は朝からうどんをつくった。味噌味にして、ほうれん草、豆腐、薄あげ、ネギ、卵などを入れて食べた。
ぼくにとって朝からうどんはめずらしい。七味唐がらしが、味を引き立ててくれた。
窓辺に置いてある胡蝶蘭の花が一つだけ、咲き始めていた。
丸い大きな蕾をパックリと突き割って、紫の花を覗かせている。
12個程ある蕾は、これから順次花をさかせていくのだろう。
今日のゲストの鈴木邦男さんは、笑顔がすばらしい。
会うといつもニコニコしながら、ぼくを向かい入れてくれる。
鈴木さんとは、「天皇作品問題」でお世話になって以来の付き合いだ。
今日のトークは、藤田嗣治の戦争記録画「アッツ島玉砕」を契機にしての話になった。
鈴木さんは、大東亜戦争時、アリューシャン列島の、ある島の日本人住民5千人程が、米軍の包囲網をかいくぐって、濃霧の中を脱出した話を披露した。
見事に脱出されてしまうと、大日本帝国軍部としては本土決戦へ向けての悲壮な決意が弱まってしまうので、困る訳だ。それで、アッツ島やサイパン島の玉砕の絵を描かせて、米軍に対する敵意を煽り(あおり)たて、本土決戦に向けての民衆の覚悟を意識的につくり出し、扇動していったのではないか、と。
なるほど、そういう視点もあったかと、鈴木さんのユニークな思考に聞き入った。
また、最近ビデオ屋にいくと、かつての日本の戦争映画がDVDに焼き直されていて、やたらと多い。危険な徴候だと、警告してもいた。
トークの後、鈴木さんと、一水会のメンバー数人、劇団「再生」を主宰している高木(尋士)さん、ぼくの娘の未来(みく)、スタッフの田上さんたちと、ポレポレの近くの居酒屋で話し込む。
その中での話。
ぼくは、かつて一水会のメンバーで、二年前に46歳の若さで自殺した見沢知廉の映画を、いずれ造りたいと前々から思っていた。
鈴木さんもそのことは知っていて、居酒屋でも当然その話になった。
見沢知廉は殺人犯で12年間の獄中生活を送り、獄中から当時針生さんが議長をやっていた新日本文学会主催の文学賞に、「天皇ごっこ」という作品を応募し、入選していた。
その後、自殺してしまう訳だけれども、ぼくはこの見沢知廉になぜか魅せられてしまう。そこに何かあると感じる。
日本を裏側から射ぬいて、自分一人噴き上って空に消えていった。日本の歴史と背中合わせにあるもう一つの風景と神話を抱え込んでいた男ではなかったか。ガラスの破片で出来上がった身体構造と、この現実の時間と空間への異和からくる焦躁感。
一方、劇団主宰の高木さんは、この九月に、見沢知廉の劇を上演するという。三人の女性の三沢が出てくる構成だ。
見沢が三人。それも女性。この着想がすばらしいと思う。
高木さんの、見沢の本質を見抜く眼力におそれ入った。
11時解散。
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