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diary 大浦信行監督日記
2007年03月06日 05:36
監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)
3月5日(月)曇のち雨。
午後から雨がしとしと降り出した。生暖かい。気温は20度近くもある。
突風が吹き荒れている。台風の影響だ。この3月初旬に台風なんて、聞いたことがない。
こんな日の観客は少ないんだ。「的屋(てきや)殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降ればいい」と昔から云うけれど、映画の世界も同じだなぁと思う。同じ水商売だ。
突風と雨の中を、今日のゲストの鵜飼(哲)さんが、沖縄から駆けつけてくれる。

普天間基地の中にある佐久間美術館で行われた、「アジアのアートと政治」というシンポジウムにパネラーとして出席しての帰り。ちなみに佐久間美術館には、丸木位里、俊夫妻の大作「沖縄戦の図」や、コルヴィッツの作品などが展示されている。
トークでは、そこで発言した内容を踏まえつつ、この映画との関連性に触れ、論を展開していく。そしてぼくに、核心を突いた鋭い質問を放つ。
風景について、神話について、戦後60数年の日本の状況について。また、天皇制の問題等々。
物事の本質を見据え、大地にしっかりと軸足を置いたその地平から発せられる言葉の数々に、ただただ聞き入るばかり。その真摯な態度に、ぼくはいつも尊敬の眼差しを向けている。教えられることも多い。
今回の映画での針生さんと鵜飼さんの対談は、この映画の骨格を作っている部分でもあり、まさに通奏低音としての映画の色彩を決定する箇所でもある。そこをしっかりと押さえてあれば、あとは自由に波に任せながら、ぼくたちは映画の神話的時間の中を泳いでいくことが出来る。
今日の鵜飼さんの話で印象深かったこと。
「沖縄在住の美術家が、小学校の子供たちと一緒に、沖縄戦で亡くなった20数万の人々の鎮魂を込めて、石に一つ一つ、亡くなった人の数と同じだけの番号をふっていた。そして出来上がった20数万の石を、自然の風景の中に積み上げていく。
やがて石に書かれた数字は、時間の経緯とともにかすれ、消え入っていくだろう。
その無償の営為が、ぼくたちに伝えようとしている意味」。
沈黙の闇から発せられる「石の声」は、静かにぼくたちの心の中に染み入ってくる。
鵜飼さん人気で、雨にもかかわらず大勢の人々が見に来てくれて盛況だった。ホッとした。
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