日本心中

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diary 大浦信行監督日記

2007年02月21日 15:01

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

2月20日(火)雨のち曇。
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午後、遅い昼食の後、窓際の床に置いてある胡蝶蘭(こちょうらん)を眺めていた。
三本の茎に、たくさんの蕾を持っている。毎年、紫の花をつける。一度咲いてしまうと、何ケ月も枯れないで、そのままずっと咲き続けている。こんなにも長い期間に渡って、咲き誇る花を見るのは、ぼくは始めてだ。きっと花の魔神が住みついて、うごめいているに違いない。肉体は滅びても、永遠に死なない魂。
蘭と云えば、金芝河が描いていた“蘭”の絵のことを思い出す。
金芝河と重信メイさんの対談を撮影するために、ソウル郊外にある彼の自宅マンションを訪れた時のこと。
カメラマンの辻君や録音の川嶋さんが、撮影準備で慌ただしく動き回っている間、手持ち無沙汰なぼくは、金芝河の家を探索してみようと思いたつ。
どんな本を読んでいるのだろう、どのような空間で創作しているのだろう、という興味に突き動かされて、ぼくはそっと現場を抜け出した。廊下に出て、目星をつけた奥まった書斎らしき部屋に、そっと押し入る。
そこは細長い、4畳半程の広さの部屋だった。ところ狭しと、和紙が散乱していた。座り机の上にも、和紙が山のように積み上げてあった。そして、紙の上には墨で描かれた蘭の絵があった。
あっ、これが金芝河の、あの蘭の絵か、と思った。
彼が蘭を描いているという話は、以前から聞いて知ってはいた。
写真でも、見てはいた。正直いって、それほど心を動かされるということはなかった。
しかし、目の前の本物を見て、目が洗われる。
なんて柔和で、繊細な線なのだろう。
細心の集中力をもって、緩やかに、そしてしなやかに描かれた線の、躍動するリズムが画面いっぱいに広がっている。
蛇が、重力の支配から抜け出て、水の上を流麗に泳いでいくように、金芝河の、精神の奥底から導き出された脈打つ鼓動が腕と指の先を伝わって、静かに、つややかに紙の上に流れ出ていた。どこまでも澄みきった、心の平穏さが感じ取れる画面。
その時ぼくは、かつて金芝河が、針生(一郎)さんと対談した時のことを思い出していた。
針生さんが質問を向けている間中、金芝河は、頭をぐらりぐらりと左右に揺らし続けていた。平衡感覚を全く失ってしまって、自分では制御出来ないまま、今にも倒れ込むのではないかと思うほどだった。
何物かが、自分を支配し、見えない他の場所から発する指令に抗(あらが)えず、ただされるがままに身をゆだね続けるしか手はない、といった具合に。
金芝河にとっては、今だに牢獄は続いているのだと、その時思った。死刑判決は決して終ってなどいなかったのだと感じて愕然となった。彼は、朝鮮民族の苦難を、身をもって体現している殉教者なのだ。
墨で描かれた、静謐(せいひつ)でおだやかな絵画の空間と、一方、頭をぐらぐらと揺らしていた二人の金芝河。この二つの極の間で、金芝河はもがき続けているのだと思った。
蘭を見ると、そんな金芝河のことを思い出す。

大浦信行

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