日本心中

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diary 大浦信行監督日記

2007年02月28日 05:24

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

2月27日(火)快晴。
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今朝方、瀧口(修造)さんの夢を見た。
瀧口さんの家で、二人で向かい合って、細長い形をした長方形のお好み焼きを食べている。
花柄のビニールをかけた、安そうなテーブルの上で食べていた。
どうも、亡くなった女性詩人の、11年目の追悼会で瀧口さんに会い、その帰りに寄ったらしい。
ぼくが質問する。「追悼会のタイトルの、真中に書いてある漢字の意味はなんですか」。
瀧口さん、「あれは“11年目”という意味ですよ」。
「フーン」とぼく。
「台所にちらし寿司がつくってあるんですよ。向こうにいきましょう」と瀧口さん。
ぼく、「はい」と云う。
どうも瀧口さんは、一人暮らしのようだった。
四畳半程の台所兼リビングと、六畳程の床の間の安アパートに住んでいた。

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折々に思い出すことがある。
忘れ得ぬこととして、今もぼくの心の鼓動を揺らし続けている。
それは、金満里(キム・マンリ)の身体についてのこと。
彼女の身体表現を、“大野一雄 百歳記念公演”で見た。
床の上をいざりながら、ゴロン、ゴロンとゆっくり転げ回る。
時々、正面を見据え、観客を睨みつける。
「どう、私の体を見なさいよ、ほら」、「石を投げてきなさいよ」と、ぼくたちを挑発してくる。
彼女は素裸の上に、全身黒のあらい網のレオタードを身につけているだけ。踊りらしい踊りは何もしない。床の上を這っている。地中に潜む土蜘蛛のよう。
ただそれだけの行為なのに、なぜかぼくを圧倒し続ける。額から汗が滲み出てくる。金縛りにあったみたいにぼくの体は硬直し、微かに息をするのが精一杯。
金満里。彼女は在日の重度身体障害者。
3才の時に小児麻痺にかかり、それ以来24時間介護の生活を送っているという。
自分が美醜(びしゅう)を抱え持っている存在であることを、自ら凝視していく。
食べものを口に運ぼうとする何げない動作や、アー、アーと力と熱を込めて言葉を発しようとする意志、時間をかけた困難な歩行が、日常の行為することの意味の一つ一つを批評性の俎上(そじょう)に載せていく。
そこから生じてくる時間のずれや、行動の緩慢さの連続が、ぼくたちの心奥深くに眠っていた遠い記憶を呼びさまし、そこに新たな陶酔を生み出していく。
その瞬間、この世界の裏側に潜む、血の色をした懐かしいもう一つの世界が、パックリと立ち上ってくる。
そして重力の軛(くびき)から決して逃れられないぼくたちの世界のありようを、再識させていく。
だからこそ、もう一つの世界を目指す旅への熱望もまた、加速されていくのだ。
追いつめられ、自尊心を否定され続けた果てに、人間が本来宿している根源的な魂の領域へと達し、その地平から、身体の動きを言語化し、理論化していく。
在日であり、障害者である金満里の、この世界のどこにも所属出来ない魂の彷徨が、豊穣な果実の恵みを彼女に与えていく。
やがてその魂は、宇宙の中に溶け入り、浮遊し、微粒子となって、次第に宇宙と一体になっていく。

金満里の「破壊と浄化と再生」は、とめどもなく沸騰する想像力を、ぼくに与えてくれる。
その想像する行為の連続によって、映画自体がその内部に宿す「神話的時間」が、今まさに、その姿を表そうとする。
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大浦信行

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2007年02月23日 05:27

3月3日よりアンコール!超濃密トークセッション毎日開催!!

まずは以下のゲスト陣をご覧下さい。
『9.11-8.15日本心中』アンコールの報を聞きつけ、この作品に共鳴した異端の人々が結集!
大浦監督との過激で濃密なトークセッションを毎日開催いたします。乞うご期待!!
(上映&トークスケジュールはIntroductionをご参照下さい)

3月 3日(土)重信メイ(ジャーナリスト)
3月 4日(日)針生一郎(美術・文芸評論家)
3月 5日(月)鵜飼哲(フランス文学・思想)
3月 6日(火)鈴木邦男(一水会顧問)
3月 7日(水)若松孝二(映画監督)
3月 8日(木)小倉利丸(社会批評)
3月 9日(金)森達也(映画監督)
3月10日(土)足立正生(映画監督)
3月11日(日)ジャン・ユンカーマン(映画監督)
3月12日(月)針生一郎(美術・文芸評論家)
3月13日(火)熊谷博子(映画監督)
3月14日(水)大野慶人(舞踏家)
3月15日(木)阿部嘉昭(映画評論家)
3月16日(金)雨宮処凛(作家)
3月17日(土)土井たか子(前衆議院議員)+針生一郎(美術・文芸評論家)
3月18日(日)中ザワヒデキ(美術家)
3月19日(月)篠田博之(月刊「創」編集長)
3月20日(火)今福龍太(文化人類学者・批評家)
3月21日(水)福住廉(美術評論家)
3月22日(木)古川 美佳(韓国美術・文化研究)
3月23日(金)増山麗奈(桃色ゲリラ・画家)

diary 大浦信行監督日記

2007年02月21日 15:01

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

2月20日(火)雨のち曇。
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午後、遅い昼食の後、窓際の床に置いてある胡蝶蘭(こちょうらん)を眺めていた。
三本の茎に、たくさんの蕾を持っている。毎年、紫の花をつける。一度咲いてしまうと、何ケ月も枯れないで、そのままずっと咲き続けている。こんなにも長い期間に渡って、咲き誇る花を見るのは、ぼくは始めてだ。きっと花の魔神が住みついて、うごめいているに違いない。肉体は滅びても、永遠に死なない魂。
蘭と云えば、金芝河が描いていた“蘭”の絵のことを思い出す。
金芝河と重信メイさんの対談を撮影するために、ソウル郊外にある彼の自宅マンションを訪れた時のこと。
カメラマンの辻君や録音の川嶋さんが、撮影準備で慌ただしく動き回っている間、手持ち無沙汰なぼくは、金芝河の家を探索してみようと思いたつ。
どんな本を読んでいるのだろう、どのような空間で創作しているのだろう、という興味に突き動かされて、ぼくはそっと現場を抜け出した。廊下に出て、目星をつけた奥まった書斎らしき部屋に、そっと押し入る。
そこは細長い、4畳半程の広さの部屋だった。ところ狭しと、和紙が散乱していた。座り机の上にも、和紙が山のように積み上げてあった。そして、紙の上には墨で描かれた蘭の絵があった。
あっ、これが金芝河の、あの蘭の絵か、と思った。
彼が蘭を描いているという話は、以前から聞いて知ってはいた。
写真でも、見てはいた。正直いって、それほど心を動かされるということはなかった。
しかし、目の前の本物を見て、目が洗われる。
なんて柔和で、繊細な線なのだろう。
細心の集中力をもって、緩やかに、そしてしなやかに描かれた線の、躍動するリズムが画面いっぱいに広がっている。
蛇が、重力の支配から抜け出て、水の上を流麗に泳いでいくように、金芝河の、精神の奥底から導き出された脈打つ鼓動が腕と指の先を伝わって、静かに、つややかに紙の上に流れ出ていた。どこまでも澄みきった、心の平穏さが感じ取れる画面。
その時ぼくは、かつて金芝河が、針生(一郎)さんと対談した時のことを思い出していた。
針生さんが質問を向けている間中、金芝河は、頭をぐらりぐらりと左右に揺らし続けていた。平衡感覚を全く失ってしまって、自分では制御出来ないまま、今にも倒れ込むのではないかと思うほどだった。
何物かが、自分を支配し、見えない他の場所から発する指令に抗(あらが)えず、ただされるがままに身をゆだね続けるしか手はない、といった具合に。
金芝河にとっては、今だに牢獄は続いているのだと、その時思った。死刑判決は決して終ってなどいなかったのだと感じて愕然となった。彼は、朝鮮民族の苦難を、身をもって体現している殉教者なのだ。
墨で描かれた、静謐(せいひつ)でおだやかな絵画の空間と、一方、頭をぐらぐらと揺らしていた二人の金芝河。この二つの極の間で、金芝河はもがき続けているのだと思った。
蘭を見ると、そんな金芝河のことを思い出す。

大浦信行

diary 大浦信行監督日記

2007年02月20日 23:09

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

2月19日(月)曇のち晴。
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今日は終日、チラシ発送や手紙書きなどで一日が終わる。
頭の芯がなんとなく重い。
夜、気分転換を兼ねて、久しぶりにぼくの十八番、トマトミートスパゲティーをつくる。
まず、鍋にオリーブ油を引き、細かく刻んだニンニクをたくさん入れ、炒める。そこに牛豚合挽きを加える。肉の表面に火が通り、色が白っぽく変わった頃合をみて、玉ねぎ、人参、セロリ、きのこ類(マッシュルーム、えのき、じめじ)を入れ、炒める。
全体にしんなりしてきたら、完熟トマトホールをひたひたになる位まで入れ、ゆっくりと煮込む。ついでに乾燥した月桂樹の葉も数枚、ほうり込む。この時、バターを適量落とすのがこつ。何とも云えない円(まろ)やかな風味をつくり出してくれる。弱火で30−40分煮込んだら出来上がり。
スパゲティーを硬めに茹で、すばやく皿に盛る。その上にソースをかけ、さらに粉チーズ、パセリの微塵切りなどを振りかける。
このトマトミートスパゲティーは時々つくる。
「お店のみたいね、もうこんなに食べちゃった」と云いつつ、郁ちゃんはぼくより早いペースで、どんどん大盛を平らげていた。
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大浦信行

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2007年02月20日 01:11

2007年3月3日より3週間、渇望のアンコールロードショー!

2007年、今年も東京・ポレポレ東中野にて、怒濤の上映が始まります。
様々なゲストによるトークセッション3月3日から3月23日まで毎日開催
前回見逃した方も、もう一度この映画を体感したい方も、
3月3日(土)から3週間のアンコールロードショー、ご期待下さい!

さらに今回は、5年ぶりにあの伝説の前作
『日本心中 針生一郎・日本を丸ごと抱え込んでしまった男。』(2001年)も同時上映。

*前作『日本心中』の予告編はこちら  この機会を是非お見逃しなく!

上映時間(各回入れ替え制)
月曜日~金曜日
12:30~「9.11-8.15日本心中」
15:30~「日本心中 針生一郎・日本を丸ごと抱え込んでしまった男。」(前作)
17:35~「9.11-8.15日本心中」(上映終了後トークセッション)
土曜日・日曜日・祭日(3/21)
12:30~「9.11-8.15日本心中」(上映終了後トークセッション)
15:50~「日本心中 針生一郎・日本を丸ごと抱え込んでしまった男。」(前作)
17:55〜「9.11-8.15日本心中」

*大浦信行監督の日記、連載始まりました!


diary 大浦信行監督日記

2007年02月16日 12:35

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

2月15日(木)快晴。

午後、自転車で家の近くを散歩していた。
帰りがけに、スーパー・オリンピックに立ち寄る。
買い物を終えてレジを出ると、目の前に植物を売っているコーナーが目に留まる。思わず吸い寄せられる。
60cm程の高さの桃の木。780円。思わず買ってしまう。
家に帰って、余っていた鉢に植え換えると、一段と見映えがよくなった。赤い色の蕾をびっしりと身にまとっている。もう二・三週間もしたら、花が開くのだろう。「桃栗三年、柿八年」というから、あと三年たったら実が生るのだろうか。楽しみ。
ちなみに、桃栗三年柿八年の後に続く言葉は、「(桃栗三年柿八年)、柚(ゆず)のバカヤロ十八年」と云うもの。
この「バカヤロ」がなんとも云えず良い味を醸(かも)し出していて、世界をハンマーでぶっ叩いて、笑い飛ばしているようで痛快。人間の知恵のしたたかさに感心する。
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大浦信行

diary 大浦信行監督日記

2007年02月14日 11:33

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

2月13日(火)晴。
とうとう前歯を抜いた。独力で、思いっきり捩(ね)じ切った。
ぽっかりと大きな穴があいた。
手のひらにのせ、じっと見つめた。
指で触りながら、ズボンのポケットの底に、そっと置く。
力を込めて、ギュッと握った。
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夜、お粥をつくった。
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diary 大浦信行監督日記

2007年02月12日 19:46

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

2月11日(日)快晴。
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郁ちゃんは、金曜日から泊まりがけで、大阪にいっている。社会科の教育研究会の合宿。
終日、金石範(キム・ソクポム)の「地底の太陽」を読む。
1948年の「済州島蜂起」、四・三事件を舞台に、壊滅した死の島、済州島と、そこから逃亡してきた26才の主人公、南承之(ナム・スンジ)の日本における物語。小説の形をとっているけれど、背後に描かれている歴史の記述は全くの事実だ。
済州島・蜂起勢力と島民への、政府軍、警察などによる虐殺。3万人近くの人々が殺されたという。村全体が壊滅したところも、一つや二つではない。
済州島蜂起から2年後の1950年、朝鮮戦争が起こり、朝鮮半島全体の壊滅へと向かう。だから四・三事件は、朝鮮戦争の前哨戦であり、縮図だったのだ。
金石範はかつて、金時鐘(キム・シジョン 詩人)との対話集「なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか」の中で、「私は韓国という国を認めることが出来ない。韓国という国名は、アメリカが躍起となって、当時アメリカに亡命していた李承晩(イ・スンマン)を担ぎ出して造った傀儡(かいらい)国家なのだ。私にとっての祖国は、朝鮮そのものなのだ」と語っていたのを思い出す。
「地底の太陽」に先立ち、その原型を成す金石範の「火山島」全七巻は、圧倒的な力業だ。ぼくは全巻を持っているけれど、いまだに読破しきれていない。
20年近くもの歳月をかけて書き上げられた「火山島」完結後も、彼は済州島の虐殺から決して目を背けず、「海の底から、地の底から」や「満月」などを通して、葬(ほうむ)られてしまった朝鮮民衆の歴史の闇を、執拗(しつよう)に暴き出していく。そのような精神の持続力に、ただただ驚嘆するばかりだ。
この「地底の太陽」は、「火山島」が終ったところから始まる、南承之の心の中の壊滅と、そこからなんとか自殺をせずに生き延びていく、日本に密航してきてから一年二ケ月における物語。
ぼくは、この主人公、南承之が金時鐘その人だと、いつも一人密かに思っている。
金時鐘も20才位の時、済州島から逃れてきた一人なのだ。決して多くは語らないけれど、「済州島虐殺」が金時鐘の中に残した深い傷跡は、沈黙を守り続けることによって、逆に昇華されていったのだと思う。「猪飼野詩集」や「新潟」という、長編詩の形を借りて。

金石範と金時鐘。この二人が抱え込んだ民族の苦しみと、その下に眠る「恨(ハン)」の心は、戦後日本の歴史を逆照射し、怠惰なぼくたちの意識を、撃つ。
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大浦信行

theater 劇場情報

2007年02月11日 15:44

上映劇場

2007年3月3日(土)より3月23日(金)まで、
東京・東中野のポレポレ東中野にて渇望のアンコールロードショー!

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【東京:ポレポレ東中野
ポレポレ東中野

JR東中野駅西口北側出口より徒歩1分・駅ホーム北側正面
地下鉄大江戸線A1出口より徒歩1分
TEL 03-3371-0088

地図


*詳しくは劇場までお問い合わせください。
ポレポレ東中野:http://www.mmjp.or.jp/pole2/

diary 大浦信行監督日記

2007年02月09日 11:41

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

2月8日(木)
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8時20分起床。空は真っ青、大快晴。植物に水をやる。「おはよう、おはよう」。
クリスマスローズは、12個程の花と蕾を付けている。いつもより早い開花。
胡蝶ランチも、たくさん蕾を付けた。
こぶしは、淡い灰色の綿毛の蕾を、びっしり全身にまとっている。
紅色の花が咲く木瓜(ぼけ)も、丸い蕾を星座のようにして、抱え持っている。
無花果(いちじく)は、三角のとがった小さな芽をしっかりと出して、自己主張している。
皆んな、春の新世界を待っている。

夕方5時半過ぎ、自転車を漕いで、近くのスーパーまでビールを買いにいく。
空はまだ、昼間の明るさを残して青いのに、家並みは、黒いシルエットに染まっている。
昼でもあり夜でもある、どこにも行き場のない宙づりにされた瞬間が、世界の裂け目から漏れ出てきて、ぼくたちを異次元にいざなっていく。
このような光景を見るにつけ、ぼくはいつも、マグリットの「光の帝国」という作品を思い出す。
かつて住んでいたニューヨークでもそうだった。
夕方、家の近くにある、林に囲まれ広々としたプロスペクト公園から見る風景は、マグリットの世界そのものだった。
想像力の発揮は決して荒唐無稽(こうとうむけい)の観念から生まれるものではなく、確実にこの世界の裏側に潜む、闇の帝国からの反映そのものなのだ。
その場所から生まれ出る赤く煮えぎった想像力が、ときとして人々を、とてつもない恐怖に陥(おとしい)れる。
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大浦信行

diary 大浦信行監督日記

2007年02月07日 18:29

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

2月6日(火)快晴。

朝、ベランダに出て、ぼんやりとタバコを吸っていた。
多摩丘陵の上に、幾重もの高層マンションが建っているこの一帯は、今でもたくさんの生き物や、花や木々に覆われている。
春から夏にかけて鶯(うぐいす)が鳴く。夏には蛍(ほたる)が飛び交う一帯もある。がま蛙や蛇だっている。川では鴨が泳いでいる。時には狸も出るんだ。道路には、「動物注意」の標識もある。
野辺にたんぽぽが咲き乱れ、田んぼには蓮華(れんげ)も咲き誇る。
隣の町が“柿生”というだけあって、秋には農家の庭先に、柿がたわわに生(な)る。まるで童謡の世界だ。日本昔話の世界だ。
ぼくの住んでいるところは、こんな場所。
一服して、めだかが20匹程飼ってある、ベランダ脇の大きなかめにふっと目をやる。水面に黒く動くものがある。最初、田螺(たにし)が浮き上がっきてもがいているのかと思う。水面から取り上げて、手のひらに乗せてみる。細かく微かに手足を動かしている、小さな生き物。
ひっくり返してみると、なんとそれは天とう虫だった。真黒の地に、大きな赤い丸が左右に描かれた8ミリ程の天とう虫。普通は、冬の前に一回、死に絶える種類のものだと思う。まだ動いているので部屋の中に入れた。机の上にハンカチを敷いてその上にそっと置く。しばらく見ているうちに、名前を付けようと思いたつ。思わず、

“康太郎”
という名前が浮かんできた。いい名だと思う。
そのままにして、夕方部屋に戻って見ると、康太郎は、窓際の白いレースのカーテンに止まっていた。飛んだ。もしかしたら、生き延びることが出来るかもしれない。さっそく白い皿に、水と鰹節を揉(も)んで細かくしたものを添えて、彼をその上に置いてやった。鰹節の海の上にいる康太郎は、20分もすると、めきめき動き出した。寒さと食糧不足でまいっていたのだ。
今では前足をせわしなく動かして、頭なんか掻いている。
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大浦信行

diary 大浦信行監督日記

2007年02月05日 13:54

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

2月4日(日)快晴。
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朝起きて台所にいくと、郁ちゃんが朝から慌ただしく料理をつくっている。今日は、二番下の妹さんちの新築祝い。加えて、彼女の旦那と、郁ちゃんのすぐ下の妹さんの還暦の祝いを兼ねた集まり。
それぞれの姉妹が、料理を持ち寄っての宴会だ。
それで郁ちゃんは、五品程つくった。
メニュー。ヤリイカとトマトとバジルのにんにく炒め、さつまいものレモン煮、クワイ(という芋)の素揚げ、大根のこぶ煮(これは二人の合作)、鶏モモむし煮。この鶏の蒸し煮は中華風で、これが仲々おいしい。蒸すことによって肉の油を落としながらも、身はしっかりと弾力性を保持している。
それらを手際よくつくっていく。
これらの食材は、郁ちゃんが朝早く、川崎の公設市場に買い出しにいって求めてきたものだ。彼女は普段から、長靴を履いてオートバイにまたがって、公設市場にいっている。そして段ボール一杯買い付けてくる。
この三姉妹は、とにかく仲が良い。いつも電話で話をして、笑い転げている。ぼくはこんなにもめずらしい三人を見るのは、生まれて始めてだ。郁ちゃんなどは、絨毯の上に仰向けに寝転がって、いつまでも話をしている。なんか、カエルがひっくり返っているみたいだ。
カエルと云えば、かつて郁ちゃんからこんな話を聞いた。
春先、アトリエの裏木戸のところに、大きなうしガエルがよく現われて、じっとそこに座り込んでいる。彼女がアトリエに行くと、いつも目が合う。親しそうに彼女を見つめている。彼女もつい話しかけたくなる。「今日は・・・」。
そのカエルはどっしりとして、動作もゆっくりと、のんびりとしている。
決して美人ではないけれど、そういったものを超越した不思議な存在感。つい自分との連帯感をおぼえてしまう。カエルと自分が、自然の中で一緒に生きている同じ生き物なんだなぁと思えてくる。
それからある日、ふとアトリエの池を見ると、巾が5cm位の帯状の、5m程もあるかと思われる半透明のものが、くねくねと浮遊していた。中に真黒な卵がたくさん並んでいる。うしガエルが生みつけた卵にちがいない。庭がパッと明るくなった。
郁ちゃんが妹たちと仲良く電話で話をしているのを見ると、ぼくはいつも、そのうしガエルの話を思い出す。
姉妹が仲が良いから、これまた旦那たちも輪をかけたようにいい人たちだ。だからぼくは、この人たちに会うとホッとする。浮き世のしがらみを忘れることが出来る。一時の治療の時間。
気分が良いので、しらずしらずビールと焼酎をかなり飲んだ。最後は大声で半分泣きべそをかきながら、話をしていたみたいだ。我孫子から新百合ケ丘に帰る千代田線の中で、今度は大声でペラペラ笑いながら話をしていたと云う。
みんな夢の時間だった。

大浦信行

diary 大浦信行監督日記

2007年02月04日 21:33

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

2月3日(土)快晴。
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9時20分頃、ゆっくりと起床。
起きぬけに、郵便受けに新聞を取りにいく。
歩きながら紙面に目を通していたら、

「世界へくたばれ回転ずし・・・」
という大きな見出しが目に飛び込んできた。ムムムムッ、「世界へくたばれ」だって、と思って読み直してみると、それは
「世界へはばたく回転ずしのパイオニア」
だった。

夕方6時からの、回転ずしの打ち合わせではない、上映宣伝の打ち合わせのために東中野のシネマチック・ネオの事務所に行く。
途中の小田急線、電車の中。若い20才位の女の子が、Tシャツ一枚にオーバーを羽織っただけの恰好で、下北沢から乗ってくる。若いんだなぁと、爽やかな気分になる。
ミーティングは、延々4時間以上にも及んだ。
宣伝・配給のシネマチック・ネオのスタッフは、代表でフリーのテレビディレクターでもある工藤クン、本作カメラマンの辻クン、若い女性の田上さんを加えた三人。そこにぼくが側面から参加し、協力している。チームワークよく、皆で笑いながら、明るく仕事をこなしている“絶対現場”。
さすがに長時間の打ち合わせで腹が減ったので、10時半過ぎ、四人で駅前の中華屋で食事。11時半解散。
見上げると、夜空に高く満月。
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大浦信行

diary 大浦信行監督日記

2007年02月03日 02:05

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

2月2日(金)快晴。
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9時15分起床。朝定番の納豆ごはんに、すり胡麻入り、わかめの味噌汁、スクランブルエッグ(卵2個)。胡麻は禿げ防止にいいらしい。さらに精神を安定させもするらしい。なんてたって胡麻だから。
午前中、古川(美佳)さんと電話で、小1時間程話す。
今回の映画上映に向かっての、マスコミ対応について色々と話し合った。
古川さんは前作「日本心中」と、その続編にあたる本作「9.11ー8.15」の韓国語監修をやってもらっているぼくの古くからの友人。韓国・朝鮮を軸にして、志を同じくする盟友。当の韓国人もびっくりするほど韓国語が上手だ。
金芝河が、神話や自分の詩の世界、東アジアの文化共同体などの難しい内容を20分近く一気に話をしても、煥発(かんぱつ)を入れず、立て板に水のごとく日本語に置き換えていく。
一瞬のうちに内容を把握する動物的直観力と、表現する情感の豊かさに、いつも驚嘆させられる。
通訳する時、言霊が古川さんの中に降りてくるのだと、ぼくは思う。

「閔妃(ミンビ)暗殺」読了。
とにかくおもしろかった。と同時に深く考えさせられもした。また、心からの怒りもおぼえた。おい・あほっ 日本人と。
明治の帝国日本が、李氏朝鮮王朝の王妃を暗殺した事実の記録。
時は19世紀末、ロシア、イギリス、アメリカなどの世界の列強と、そこに遅れて仲間入りを始めた日本が、朝鮮を植民地下しようと、虎視眈々(こしたんたん)と狙っていた時の、帝国主義全盛の時代の出来事。
日本の公使が主謀者となり、日本の軍隊、警察、暴徒民間人を使って王宮に乱入させ、公然と王妃を殺害したのだ。1895年(明治28年)のこと。
金芝河に強い影響を与えた「東学党」の、抗日反乱もこの時期に起きている。
閔妃暗殺は国際関係史上、例を見ない暴挙であり、日韓関係に今なお暗い影を落とす根源的事件なのだ。こともあろうに、一国の王妃を殺害するなんていう野蛮なことが、日本国の名のもとに行われたとは。その証拠に、実行者たちは全員無罪になったのだ。お咎(とが)め無し。
それどころか、その後、彼等は皆、出世していったのだ。
枢密院顧問になったり、大臣を歴任して政党の総裁になったり、新聞社の社長になったり、また中には陸軍大臣なんてのもいる。茶番だ。
閔妃は類いまれな才智をもって、朝鮮王朝に君臨した美貌の王妃だった。唯一、一枚だけ残っている写真を見ても、聡明で毅然とした勝気そうな、細身の美人だと分かる。
この彼女が、まあ無能の夫の国王(高宗)に取って代わって、国の執政をとり行い、権力の座を狙う夫の実の父親である大院君とも、幾度となく覇権争いを展開していく。
凄まじいまでの、強気な政治的腕力。容赦なく政敵を暗殺していく。そしてロシア、日本を手玉に取っていく。
一方、家庭では無能の夫を愛し、障害のある体の弱い息子を溺愛してやまない。なにか朝鮮女性の持っている激しさと、深い慟哭からくる愛を体現している人だと思えてくる。
それにしても、中国大陸に眠る豊富な資源を手に入れる為の足場を造るといって、人の国に土足で上がり込んで、朝鮮の人々の頭の上を、なんの遠慮会釈も無くどかどかと踏みつけていった帝国日本の行ったこの事実を、今どれだけの日本人が知っているのだろう。
日本人はもう忘れてしまったかもしれないけど、また、そんな事実があったことさえ知らないだろうけど、朝鮮の人々は決して忘れていないのだ。許してなどいないのだ、今でも。心の奥深くの記憶の襞に、しっかりと刻印されて、今日も在り続けている。
角田房子氏の閔妃に寄せる思いが、静かに伝わってくる渾身の力作だった。
筆の力を抑えに抑えて。
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大浦信行

diary 大浦信行監督日記

2007年02月02日 12:11

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

2月1日(木)快晴。

昨夜の、関さなえさんのダンスについて。
関さんは毎年、ギャラリーマキで公演を行っている。今回は、5日間の連続公演。生身の肉体を使って、5日間も演じ続けるには、相当の覚悟と肉体の鍛錬が必要だなぁと、彼女の勇気に感嘆した。
無機的な身体が、曲に合わせてランダムな動きを転回していく。意味をすべて削ぎ落とした動きの、断絶と拡散と再集合の中から、新たな言葉が、単語のようにして空間に飛び散っていく。
物語性と叙情を取り去った果てに生まれ出てくる新たな根源的な言葉の数々。それを造り出すためには、人間は昆虫か機械か鉱物になるしかないのだろう。
そのようなことを二次会で、関さん、坂巻さん(ギャラリーマキのオーナー)たちと話した。焼酎お湯わり4杯。

朝9時半頃起床。残っていたごはんでおかゆをつくる。昆布だしで煮て、塩少々を加え、最後にみぶ菜を入れる。火を止めてから、とき卵をさっと上から掛ける。
お粥を食べながら、二日前の朝日新聞に載っていた、鶴見俊輔氏の不定期対談を読む。今回は詩人のアーサー・ビナードがゲストで、「言葉に宿る霊力」について語っていた。
鶴見さんが、大逆罪で捕まった金子文子(無政府主義者、1904ー26)の獄中日記にふれ、「人生で自分が経験したことは、どこかに残る。そのことを自分は信じる」という彼女の文章を紹介していて、深く納得させられた。
というのは、かつてぼくが「天皇作品問題」で、県立美術館と行政を相手取って裁判を起こしている時、「国家や権力がどんなに一人の人間を抹殺しようとも、その人が抱え持っている『想像力』までは、抹殺しきれないのだ」と心に強く念じて、日々を過ごしていたことを思い出し、金子文子の言葉に共感した。
それにしても鶴見さんの、周縁にある人や物に注ぐ眼差しには、いつも教えられることが多い。
隅っこにおしやられたもの、境界に位置するもの、誰の目にも忘れ去られたままになっているものを見詰めて論を展開していく態度は、感動的だ。
今回の映画にも出てもらっているけど、鶴見さんの話は漫談を聞くようにおもしろい。まさに思想が血や肉になっている。そして鶴見さん自身がどことなくいつも可笑しい。だって今だに、「ぼくは永遠の不良少年出身ですから」なんて云ったりするし。
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大浦信行

diary 大浦信行監督日記

2007年02月01日 11:57

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

1月31日(水)快晴。

今日も暖かい。午後3時に、東京新聞の取材を受けるために、新宿の喫茶店「ランブル」に行く。歩いていると熱くなってきて、額に汗が滲(にじ)んでくる。思わすダウンジャケットを脱ぐ。
「憲法を歩く」というタイトルで、護憲の立場からの意見を求められる。ぼく流に、表現することの「自由」について、3時間程、熱っぽく話す。
「権力が造り出す『構造的暴力』に対して、そこに『神話的想像力』を対置させ、生者の歴史が到底達し得なかった絶対彼岸の地平からこの世界を逆照射すること。そして、沈黙の闇に眠る無名の『死者の歴史』を、この世界の真っただ中に現出させる。
そのようにして、ぼくたちを規定する制度としての歴史を無効にしていく中から、東アジアの文化の地平が見えてくる」、などと語った。
取材が終って、関さなえさんのダンスを見に、茅場町のギャラリー・マキに急いで行く。
夜12時半帰宅。腹が減ったので、カレーライスを暖め直して食べた。
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大浦信行

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