日本心中

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diary 大浦信行監督日記

2007年01月28日 01:50

監督ノート 百合花日記(ゆりいかにっき)

1月27日(土) 快晴。

さわやかな日が続く。暖冬。9時20分起床。
朝、ごはんに納豆2個、すり胡麻、卵、大根の味噌汁、
カブの甘酢あえ(昨夜の残りもの)。
食後、心身ともに気持ちを一新しようと思い立つ。
自転車で15分ほどのところにある、市民プールに泳ぎにいく。
1時間ほど、クロールと平泳ぎを交互に交ぜながら、ただひたすら泳ぐ。
3ヶ月ぶりの水泳は気持ちがよい。
泳いでいるときは何も考えないので、赤ん坊になったみたいに、
水の中で暴れまくった。
帰宅後夕方まで、「閔妃(ミンビ)暗殺 朝鮮王朝末期の国母」(角田房子)を読む。
夜7時からの、「大野一雄 百歳の年 ガラ公演」を横浜に見に行く。
1500人くらいは入れる大ホールで、でかい。超満員。
大野さんの百歳を記念して、田中泯や麿赤兒、笠井叡などが
2日間にわたって敬愛のオマージュを捧げる催し。
最後に、車椅子に乗った大野さんが、息子の慶人さんに後ろから押されながら
ゆっくりと舞台に現れる。
場内騒然。客席からの大拍手、歓声鳴り止まず。
「大野ー」、「大野ー」の声が至る所から上がる。
神々しい。思わず涙が溢れる。
黒い背広の上下に白いワイシャツ、黒い靴の大野さんが目を閉じ、
顔を上に向けて、少し口を開けて座っている。
他人を自覚する意識はもうない。ただそこに在り続けている。
生き仏だ。一個の人間がここまで成り得る奇跡が、
今ぼくの前で起こっていることの不思議さ。
そしてこんなことを思った。
「自分の名前も忘れ、人の顔も忘れて、全く社会的機能を果たすことが
出来なくなった時に、やっと自分を見いだすことが出来たとしたら、
それは赤ん坊として生まれてきて、長い年月を生きて、目指すものがあって、
鍛錬してきて、最後にもう一回赤ん坊に帰っていきながら、
それは生まれた時の赤ん坊の位置とは違う
たった3cmか4cmのずれのところに戻ってきた。
この3cmか4cmのずれの中に強力な宇宙を抱え込んでいる。
そして最後は、大野さんが宇宙の微粒子になっていく。
その最後の輝きなのだ」と。
外へ出ると星空。
honoo.jpg
大浦信行

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