日本心中

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2006年11月30日 11:53

いよいよ、今日と明日のみ。

きくち.JPG

11月29日(水)のゲストは、
平和・環境活動家のきくち ゆみさんでした。
きくちさん発のメールマガジンblogでのご紹介のおかげもあってか
若い面々が目立ちました。

きくちさんは、千葉の鴨川の古民家でほぼ自給自足という
理想的な生活をしておられます。
2時間半かけてポレポレ東中野にかけつけてくださいました。
この日だけは、特別に上映前のトークとなりましたが、
活動家というとおり、あちこち飛び回っているお忙しい方なので、
貴重なひとときでした。

大浦監督とは、今回が初対面という異色(!)対談。
‘9.11’をキーワードにお話が展開されました。

きくちさんは、2004年に‘9.11’絡みの映画=「テロリストは誰?」に
出あって以来、平和や戦争についての活動の比重が高くなったとのこと。
これをきっかけに、もともとは翻訳や出版などの‘活字’人間だったのが
今では、映画の配給や平和映画祭のプロデューサーなどを手がけ、
映像の可能性をとても感じるようになっているとのことでした。

この映画に対する率直なお話は、とても新鮮でした。
東京平和映画祭2006年☆特別企画☆トークライブ
12月9日(土)におこなわれますので、
配給されている映像と合わせて、ぜひチェックしてみてください。

本日=11月30日(木)のゲストは、
雑誌月刊「創」篠田 博之編集長です。
前作でもとり上げていただいてますが、@四ツ谷での企画にもご参加いただき、
いま発売中の11月6日号では 大浦監督が‘天皇コラージュ’作品とともに
巻頭カラーぺージを飾っています。
ぜひ、月刊「創」をご覧下さい。

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2006年11月29日 02:54

針生 一郎氏再登場!

針生2縮小.JPG

11月28日(火)のゲストは、
前作にひきつづき出演された、美術・文芸評論家の針生 一郎氏の
再登場でした。

今回は美術系の方なのでしょうか、若いお客さんがとても多かったです。

針生さんは、上京して初めて住んだのが東中野だったということで、
その頃関わっていた、当時の文学についてのお話が中心でした。
また、次回作についての構想にも話が及び、とても有意義な時間でした。

本日=11月29日(水)のゲストは、
平和・環境活動家のきくち ゆみ氏です。
このキーワードに関わっている方なら、お名前はご存知でしょう。
千葉の鴨川にお住まいで、2時間半かけて劇場にかけつけてくださいます。

そのため、上映前=20時20分からのトークとなります。
どうぞご了承ください。

大浦監督とは初対面となるので、どんな出会いになるのか楽しみです。

また、明日=水曜日は英語字幕版の上映となります。
※For the screening period,
the film with English subtitles is shown on every Wednesday !

なお、最終日は大浦 信行監督の舞台挨拶あらため、
ただいま、若松孝二監督の新作「実録・連合赤軍」の撮影真最中で、
この映画の撮影担当でもある辻 智彦氏とのトークショーとなりました!

お見逃しなく!

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2006年11月28日 11:03

鈴木 邦男さん、再び!

鈴木2縮小.JPG

11月27日(月)のゲストは、
再びご登場いただいた、文筆家で一水会顧問の鈴木 邦男氏でした。

この映画は三度目で、出演する直前に大スクリーンで観ると、、
また違った感じ方ができて、とても面白かったとの談。
天皇コラージュ事件や、鈴木さんにも出演いただきたいと
思っているという大浦監督の新作構想についても話が及びました。

鈴木さんの回は、若いファンの方も目立ちます。
二度も、劇場に来ていただき、本当にありがとうございました。

本日=11月28日(火)のゲストは、
公開初日にも来ていただき、この映画の出演者でもある
美術・文芸評論家の針生 一郎氏が再びご登場です!

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2006年11月27日 14:04

韓国撮影秘話。

古川縮小.JPG
11月26日(日)のゲストは、
本作の撮影の際での通訳、韓国語監修をご担当いただいた
韓国美術・文化研究家の古川 美佳氏でした。

韓国文化にふれるようになって約20年という古川さんのお話は
とても含蓄があり、かつ新鮮で、日曜の深夜でしたが、
たくさんの方が席を立たずに、耳を傾けて下さいました。

映画にも出演している詩人・金芝河(キム ジハ)氏の
撮影時の興味深い話が聞けました。

本日=11月27日(月)のゲストは、
11月11日(土)にも来ていただいた、
文筆家で一水会顧問の鈴木 邦男氏が再びご登場です!

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2006年11月26日 09:13

同い年のふたりは・・・

稲川縮小.JPG

11月25日(土)のゲストは、
この映画の豪華パンフレットの制作にたずさわってくださった
詩人、そして映画監督、編集人等幅広く活躍されている稲川 方人氏でした。

「9.11-8.15 日本心中」は、おひとりで来られる方が比較的に多い映画ですが、
公開最後の土曜とあって、連れだって来て下さったお客さんも目立ちました。

パンフレットの制作過程で、やりとりをしていましたが、
あらためて、稲川さんのこの映画への思いが伺えて興味深かったです。
稲川さんは大浦監督と同年生まれだとのことで、話は尽きないようです。

そして、この日が三島由紀夫の命日だったということ、
針生一郎氏が、三島さんと同い年だということ、が話の流れで出ました。
そういうことを知って観ると、また違った感じ方ができそうです。

本日=11月26日(日)のゲストは、
本作の韓国語監修をご担当いただいた韓国美術・文化研究
そして、煎茶道文人華道・清泉幽茗流(せいせんゆうめいりゅう)の
副家元でもあります古川 美佳さんです。

制作秘話が聞けそうで、楽しみですね。

report 撮影報告 動画付

2006年11月25日 16:29

撮影の記憶より 辻智彦(撮影)

4. 金芝河氏と重信メイ氏の対話  2004年5月23日

2004年5月。ソウル、金芝河氏の自宅にて、その対話は行われた。
金芝河氏を訪ねたのは、重信メイ。言わずと知れた元日本赤軍のリーダー、重信房子の娘だ。
現在ジャーナリストとして活動している彼女だが、今回の訪問はジャーナリストとしてではなかった。
この現代に生き、数奇な運命の中を生き抜いてきた女性。28歳になるまで国籍も持たず、イスラエルからテロリストとして命を狙われる母親とは、会うことはおろか、電話で話をすることさえままならなかった状況。子どもの頃から学校を転々とし、レバノンの内戦では友達も多く失った現代の悲劇の体験者。
その彼女が、2001年に初めて日本の地を踏み、自分の生き方を模索する中でこの映画と出会い、出演を決意し、身を潜めて生きてきた28年間の人生をとりもどすべく、カメラの前に身をさらすことを決意したのだ。

僕がメイさんと初めて出会ったのは、2001年の秋頃だったろうか。知人の紹介で東京のレバノンレストランで行われていた何かのパーティの時だったと思う。
そのときはただ紹介されただけだったが、大きな瞳で見透かされるようにじっと見つめられたことが印象に残った。
それから2、3度くらい、何かのおりに顔を合わせてはいたと思うが、この映画にかかわる直接的なきっかけになったのは、前作『日本心中』上映の際にゲストとして来てもらったことだった。

僕の知り合いということで、半ば強引にお願いしたのだが、ゲストとして快く映画館に足を運んでくれ、この難しい映画に対して、しっかりと自分の意見を言ってくれた。
監督の大浦さんも、そのメイさんの姿をみてインスピレーションが湧いたのだろう、メイさんと会った直後から、次回作の主役は彼女で行きたいと強く言うようになった。
だがもちろん、彼女も日本にきてまだ日が浅く、出演依頼もどうしたものかずいぶん悩んでいたようだ。

拘置所のお母様に企画書を見せたり、周りの人たちに意見を聞いたりしていたが、最後は自分で出演を決断してくれた。
そうして、この映画の中に、針生一郎氏とは別の、もう一つの軸が定まった。

撮影がはじまると、やはり初めはぎくしゃくすることも多かった。メイさんも撮影プランなどに意見をすることが多く、映画に真剣に取り組んではいたが、表現の仕方をめぐって意見が合わないこともしばしばだった。彼女は彼女なりの生きてきた他にない過酷な人生があり、そこで感じてきた気持ちを正直にスタッフに投げかけてきた。

しかし、映画は出演者の意見のとおりに作るものではない。むしろそこからずれ、違う視点を確保して出演者自身も気づかなかった新しいビジョンを提示することこそ映像表現であり、ドキュメンタリーを撮る際の作り手の姿勢だと思う。
しかし、そういう風にして撮影を進めて行くうち、メイさんの撮影に対する姿勢にも変化が出てきた。何が大切なことがらなのかを、映画に即したかたちで提案してくれるようになってきたのだ。

そういういい形での協同作業が出来るようになり、メイさんもいそがしいスケジュールをぬって韓国へ旅立つ準備を整え、映画のひとつのクライマックスとして、ついに金芝河との対話が実現した。
この映画に関わる皆が望み、実現が待ち望まれた対話が、ついにカメラに収められることになった。

2004年5月23日、ソウル・金芝河氏宅。晴れた日の昼下がり、人々のおしゃべりや犬の鳴き声がむしろ静寂を誘うように遠く反響して聞こえる、静かなマンションの一室で、重信メイさんと金芝河氏は初めて顔を合わせた。壁一面に、高い天井まで届く本棚には本が整然とならべられ、日本と同じく床に座布団を敷き座り込むスタイルから見上げる本棚は、まるでそびえ立つ知識の貯蔵庫だ。

普段少々のことでは動じない、腰のすわったメイさんも、この日ばかりは、かなり緊張気味だった。金芝河氏と直接出会うということ、映画の撮影という役割をこえて、その重要さを、勘の鋭いメイさんはすぐに直感していたようだった。

金芝河氏はメイさんの緊張を知ってか知らずか、前の針生一郎氏との対話のときのような厳しく張りつめた表情ではなく、柔和な笑みをたたえて僕たちを自宅に迎え入れてくれた。その、常に重すぎる荷物を背負い込んでいるようなゆっくりと力んだ動作も、拷問の後遺症による肉体の苦悶というより、なぜかこの日はやわらかでもの静かな、気遣いを感じさせる物腰のように見えた。

気持ちをほぐすための雑談とおおまかな打ち合わせの後、本棚を背景に、金芝河氏は胡座をかいて窓を背負い、重信メイさんは入り口を背にして正座し、正面から向き合ってもらうかたちで、カメラのセッティングを開始した。

この対話も、カメラ一台での撮影だ。メイさんの背中ごしから、2人が正対しているのが真横から見える位置まで斜めに移動車を敷く。光は金芝河氏の背中越しに差し込む窓からの光をメイン、後は逆行になる金芝河氏の顔に少しライトを当てさせてもらうだけにした。背中から外光に包まれた金芝河氏が柔らかく浮かび上がり、ゆっくりと体を揺すりながら話すその影が、風に揺れる木々の影のように、淡い陰影をメイさんの顔や体に落とす。それでいいと思った。

やや固いメイさんの自己紹介から、対話の撮影がスタートした。まずはメイさんが、名前の由来を金芝河氏に語りかける。
カメラはメイさんの背中越しからゆっくり移動し、話に聞き入る金芝河氏の顔を画面に入れた。日本語をあまり理解出来ないであろう彼はしかし、真剣なまなざしでメイさんの語る言葉に聞き入っている。言葉の意味ではない、何かもっとその奥にあるメイさんという人間そのものに聞き入るような感じというのだろうか。。
メイさんの話を聞き、通訳の古川さんが丁寧に話の内容を伝えたあと、やがて金芝河氏はゆっくりと口を開いた。メイさんの話をしっかりと受け止め、丁寧な分かりやすい言葉で答え、また問いかけていく。

改めて思ったのは、金芝河という人の懐の深さだった。針生氏と対している時は、針生氏の問題意識をしっかり受け止め、その問いの先まで見据えた答えを、あるいは問いを投げ返していく。メイさんと語るときは、メイさんの苦難に思いをめぐらせ、深い共感とともに自分のから体からわき上がる感情をまっすぐに言葉にしていく。その、相手との深いところでの交感の回路が、なんというか、感動的に人間的なのだった。

重信メイと金芝河。この2人が平易な言葉で語った、ある意味平凡な話・・・しかし、その奥行きは、どこまでも見えない希望に、一筋の光を差し込ませる穴を開ける針のような、鋭さと固さをもっているかも知れない、と思った。

撮影が終わった時には、もう日も暮れかけていた。
どこからか、夕飯のいいにおいがしてきた。


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2006年11月25日 07:05

上野 俊哉氏登場!

縮小上野.JPG

3日間、トークショーはお休みでしたが、11月24日(金)のゲストは、
サブカルチャー、メディア、表現文化をキーワードに
著書も多数出版されているメディア研究・批評家の上野 俊哉氏でした。

金曜の夜でしたが、若い方が目立ちました。
前作「日本心中 針生一郎・日本を丸ごと抱え込んでしまった男」の公開の際も、
トークセッションにご参加いただき、お互いそれ以来の再会とのことでした。

前作から本作、そしてこれからの新作構想についても話が及び
まだまだ聞きたいと思う中、残念ながら時間切れとなりました。

本日=11月25日(土)のゲストは、
この映画の豪華パンフレットの制作に たずさわってくださった
詩人で、最近は映画「たった8秒のこの世に、花を -画家・福山知佐子の世界」
の監督もされている稲川 方人氏です。

最終日=12月1日(金)まで毎日、連続トークセッション開催です。
公開もいよいよあと1週間です。
ぜひ、ご参加下さい。

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2006年11月23日 12:29

カウント・ダウンへ・・・

いよいよポレポレ東中野での公開もあと残すところ9日となりました。
この機会をどうぞ、お見逃しなく!
縮小大浦.JPG

本日=11月23日(木)祝日はトークはお休みですが
明日から1週間、怒涛の連続トークセッションを開催します。
日々、バラエティに富んだ話がとび出しますので、ぜひご参加ください。

リピーター割引=1000円もありますので、
一度ご覧いただいた方は、何度でもご利用ください。

明日=11月24日(金)のゲストは、
サブカルチャー、メディア、表現文化をキーワードに
著書も多数出版されているメディア研究・批評家の上野 俊哉氏です。

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2006年11月21日 13:31

土屋豊氏登場!

11月20日(月)のゲストは9月に新宿Naked Loftにておこなわれた
公開記念プレ企画でも出場いただいた
新しい神様」「PEEP "TV" SHOW」の監督、そして
映像作品の普及・流通プロジェクト‘VIDEO ACT!’主宰の土屋 豊氏。

土屋縮小.JPG

大浦監督と土屋監督のドキュメンタリー談義は、
お二人のドキュメンタリーの捉え方や制作の方法の違いなどの話で
盛り上がりました。また日本心中の撮影方法にも
話は広がり大変興味深かったです。

コメントも寄稿いただいてますので、ぜひご覧下さい。

本日から3日間は、トークショーはお休みです。

また、明日=水曜日は英語字幕版の上映となります。
※For the screening period,
the film with English subtitles is shown on every Wednesday !

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2006年11月20日 12:51

雨の日曜日。

深夜まで残ってくださったのは、若い方が多かったようです。

小倉 縮小.JPG

11月19日(日)のゲストは、富山大学教員の小倉利丸氏。
“天皇コラージュ事件”でも大浦監督とご縁があり、
近著では、「多様性の全体主義・民主主義の残酷 9・11以降のナショナリズム」
や、「危ないぞ! 共謀罪」共同編集など著作も多数あります。

コメントも寄稿いただいてますので、ぜひご覧下さい。

小倉氏は再び、スクリーンでご覧になっていただいた直後でのご登場でした。
美術に沿った会話が進む中、印象的だったのは‘9.11’後、
小倉氏が渡米中、映画にも登場する村上隆氏の作品をみて実感した、
日本の現代美術作品への感じ方が‘前’と‘後’では
全く変わってしまったという、ご自身のエピソードでした。

‘9.11’は、わたしたちの中に、‘何か’をのこしました。
「9.11-8.15 日本心中」は、それを読み解くヒントになるでしょう。

本日=11月20日(月)のゲストは、
9月に新宿Naked Loftにておこなわれた公開記念プレ企画でも出場いただいた
新しい神様」「PEEP "TV" SHOW」の監督、そして
映像作品の普及・流通プロジェクト‘VIDEO ACT!’主宰の土屋 豊氏です。

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2006年11月19日 11:10

半分過ぎました。

半分以上、過ぎました。
ポレポレ東中野での公開もあと2週間をきりました!
もうすぐカウント・ダウンです。

今日と明日、トークショーがありますが、
しばらく間をおいて、祝日明けの24日(木)からは
ノンストップで連日連夜トークがくりひろげられます。

リピーター割引も設定してますので、ぜひついてきて(!)くださいね。

11月17日(金)のゲストは、パンフレットに寄稿いただいている
映画評論家の阿部 嘉昭氏。
abesan1.bmp

トークを聞くのは初めての機会でしたが、
とても流暢なお話っぷりで、圧倒されました。
この映画(とパンフレット)を本当に評価いただいていて
嬉しい対談でした。

また、ご自身も参加されているmixiで書いてる日記のことも
お話されてましたので、ご紹介させていただきます。
入会されているかたは、ぜひチェックください。

ちなみに、大浦監督のコミュニティも出来、続々メンバーが増えてます。
よろしければ、ご参加ください。

本日=11月19日(日)のゲストは、
大浦監督の天皇を主題とした版画シリーズ「遠近を抱えて」 の
“富山県立近代美術館問題=大浦・天皇コラージュ事件”から
ご縁のある富山大学教員の小倉 利丸氏です。

report 撮影報告 動画付

2006年11月18日 16:26

撮影の記憶より 辻智彦(撮影)

3.金芝河氏と針生一郎氏の対話

この対話はいつ、どこで行われたのだろうか、、、
現実的な日付と場所なら撮影日誌をめくればすぐにでも分ることだろうが、どうもその日付がこの対話の行われた時間と場所を、本当の意味で正確に指し示しているようには思えない。
金芝河という希代の幽閉者。針生一郎という痛魂の放浪者。この二者が、相まみえるに真にふさわしい時間と場所とはどこだろう。そこは恐らく、この現実界には存在し得ない、時空の隠れ家に違いない。

これは針生一郎氏との、二度目の渡韓だった。前回は2000年3月、大浦信行監督の前作「日本心中 針生一郎・日本を丸ごと抱え込んでしまった男」で、光州ビエンナーレに出席する針生さんを追って、撮影スタッフは韓国に渡ったのだった。
今回は、針生さんがあの抵抗詩人、金芝河氏に会いにいく。緊張感は否が応でも高まっていた。

初めて会う金芝河氏は、幾分調子が悪そうだった。無理もない。若い日の過酷な監獄暮らしと激しい拷問によって、全身ぼろぼろにされているのだ。のそのそと撮影現場に入ってきたかとおもうと、部屋の隅にすぐ座り込んでしまった。なんだか疲れているようだ。

韓国の建物は、なぜか床と窓の位置がいい。濃密な空気感がいつも室内に漂うのが見えるような光の入り方なのだ。オンドルになっていて床が微妙に高いせいだろうか。
金芝河氏がのそっと座り込んだ位置も、全く文句のない光に満たされていた。
よし、撮影はこのまま行ける。あらかじめ光が回りやすいように部屋中のドアを外しておいたため、机の位置を微調整するだけですぐに撮影を始められそうだった。
まずは大浦監督のインタビューから撮影は始まった。通訳の古川美佳さんは韓国文化や美術のエキスパート。金芝河氏の哲学的な語りを的確に訳してくれる。この映画に欠かせないスタッフだ。

はじめ、やや面倒くさそうに話していた金芝河氏だったが、話すうちにだんだん身を乗りだし、眼を輝かせはじめた。そして、インタビューが一区切りついた時、彼は微笑みながら大浦さんに語りかけた。
「私に、あなたのような深い質問をされた人は初めてです。私の真の理解者が日本にいました」と。大浦さんの金芝河氏に対する思いが、精神の深いところで共鳴し合ったのだろう。大浦さんも深くうなずいていた。
こちらを完全に信用してくれた金芝河氏は、今度いよいよ針生氏との対話の場を持つことになった。

暗い部屋、正対する2者。針生さんもやや緊張しているようだ。
今度はうってかわって、窓のない部屋での撮影。こちらの持ち込んだ照明機材のみでの光だ。人物が発光してこの部屋を照らしている、そういうごくシンプルなイメージを手がかりに、ライティングの準備を進めて行った。言うのは簡単だが、実現するのはなかなか難しい。以外と手間取り、逆に2人を待たせることになってしまった。

カメラは椹木さんの時と同じく一台。一台で対話を撮るときの独特の緊張感は、この映画のスタイルとも一致すると考えるようになってきていた。簡易移動車のレールを正対する2人に直角に敷く。2人と移動レールの関係がTの字になるような配置にして、撮影を開始した。そして僕は、撮影しながら、どことも知れない時空に迷い込んで行くように感じていた。移動車のレールにのって、ゆっくり滑って行くカメラが、まるで銀河鉄道のようだった。

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2006年11月17日 15:54

ひきつづき、トークショーも後半へ・・・最終ゲスト決定!

11月24日(金) 上野 俊哉(メディア研究・批評家)

サブカルチャー、メディア、表現文化をキーワードに
著書も多数出版されている上野氏。
この映画をどうよみ解くか、乞うご期待。

11月26日(日) 古川 美佳(韓国美術・文化研究)

本作の韓国語監修をご担当いただいた古川さん。
煎茶道文人華道・清泉幽茗流(せいせんゆうめいりゅう)の副家元でもあります。
制作秘話がとび出すでしょうか。

11月30日(木) 篠田 博之(月刊「」 編集長)

月刊「創」の最新=11月号にて、大浦監督を巻頭カラーグラビアで
大浦監督をとり上げていただきました。
ぜひ、ご購読ください。

最終日=12月1日(金)は、大浦信行監督の最後の舞台挨拶です。
今後の地方上映は現段階では未定です。

このポレポレ東中野での上映環境が素晴らしい機会にぜひ、ご鑑賞ください。
トークショーの日は、監督ともども会場にてお待ちしております。

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2006年11月17日 07:10

鵜飼 哲氏登場!

2日間、トークショーはお休みでしたが、11月16日(木)のゲストは、
映画にもご出演いただいている、フランス文学・思想家の鵜飼 哲氏でした。
杉本加奈子_デスクトップ_鵜飼002.jpg

場の雰囲気がまさに、鵜飼さんと大浦監督とのお話が聞きたいと
興味津々のお客さんが集まった会でした。

「日本心中」というタイトルの思いきりのよさに感心いただき、
お二人の会話が面白い展開となっていった頃、残念ながら時間切れ。

いつも終電を気にしながらおしまい、となる夜‘話’会。
ゲストの方によって、どんな展開になるかわからないのですが、
とても貴重な機会となっています。

期間中、何度でもご覧いただける、リピーター割引=1000円もありますので
ぜひ、ご利用下さい。

本日=11月17日(金)は、 パンフレットにも寄稿いただいている
映画評論家の阿部 嘉昭氏です。

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2006年11月16日 15:32

最新速報!

日本中、そして世界を飛び回ってる平和・環境活動家のきくちゆみさんが、
多忙の合間をぬって、@ポレポレ東中野のトークショーに来ていただけることに決定!

11月29日の水曜日、英語字幕版の日です。

彼女は、「戦争中毒」で知られてますが、平和映画祭もおこなっていて
「テロリストは誰?」などの映画も配給したり、
本当にアクティブな方です。

大浦監督とは初対面となりますが、本作をどうご覧になったのか、気になるところです。

なお、遠方にお住まいのため、この回に限り上映前のトークとなります。

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2006年11月15日 11:28

ゲストトーク最新情報

重信メイサイン.jpg
月曜日のゲストは重信メイさんでした。
アラビア語で、とお願いされてサインをするメイさん。
トークショー終了後、大浦監督はもちろん、
ゲストの方々にもパンフレットにサインいただいてます。長蛇の列となりました。

ゲストの最新情報

11月25日(土) 稲川 方人(詩人)

今回、上映のために作られた豪華パンフレットの制作に
たずさわってくださった稲川さんのご登場です。

またまた、好評につき再登場!

11月27日(月) 鈴木 邦男(文筆業・一水会顧問)
11月28日(火) 針生 一郎(美術・文芸評論家)

この映画に大いにエールをおくっていただいている鈴木さん。
そして、映画に出演者でもある針生さん。
1回目では語りつくせなかった分、さらにディープ・トークとなるでしょう。

12月1日までの公開中、リピーター割引として、
一度ご来場いただいた方には、受付にて半券をご提示していただければ、
1000円となります。

ぜひ、何度でもご利用ください。

明日=11月16日(木)のゲストは、映画にもご出演いただいている
フランス文学・思想家の鵜飼 哲氏です。

そして、あさって=11月17日(金)は、
前作からもずっと共感いただいている、映画評論家の阿部 嘉昭氏です。

ぜひ、ご期待下さい。

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2006年11月14日 12:12

超満員!

重信メイトーク.jpg

11月13日はこの映画の主演でジャーナリストの重信メイ氏がゲスト。
会場もすぐに満席で立ち見も出るほどの賑わっていました。
大浦監督とは撮影の時の秘話や現在重信メイ氏が編集している
ドキュメンタリーのお話などで盛り上がりました。
重信メイkinou.jpg

重信メイさんは最後に、
「この映画も到底すぐに理解できるような作品ではないけれども、
自分で想像する余地を残してくれる映画だと思います。
真実はconvenient(楽)なところにはないので、
みなさんも自分で調べたり、探したり、ということをしてみてください。
人生がもっとおもしろくなるんじゃないかと思います。」
ということを語られていてとても印象的でした。

本日と明日はトークショーはありませんが、毎週水曜日は英語字幕版の上映となります。

※For the screening period,
the film with English subtitles is shown on every Wednesday !

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2006年11月12日 09:29

大盛況! 

9月の新宿Naked Loftでの映画公開記念イベントのトークセッションに
参加いただいた鈴木邦男氏のご登場。

鈴木邦男 200611112343000.jpg

約2ヶ月ぶりでしたが、鈴木さんは物腰がやわらかい方なので
大浦監督とも会話がはずみました。

この映画もすでに二度もご覧になってるそうで、
観客にこびてない=勇気ある映画、と賞賛いただきました。

深夜がせまる中、上映終了後も席を立って帰る人たちもほとんどなく、
皆が耳をかたむけて聴き入ってました。

好評につき、まだまだお話もお伺いしたいので
もう一度、ゲストに来ていただくことに急遽、決定。
日程は、またあらためてお知らせさせていただきます。

早くも公開から1週間が過ぎ、2週目に入りました。
本日=日曜は、ゲストトークはお休みです。

今週あたま=11月13日(月)のゲストは、この映画のヒロイン(!)で
ジャーナリストの重信メイさん。
容姿も美しい女性ですが、真っ直ぐな姿勢もとても素敵です。

生の声をぜひお聞き下さい。

このサイトにて映像インタビューを配信中。
こちらもあわせてご覧ください。

report 撮影報告 動画付

2006年11月11日 16:22

撮影の記憶より 辻智彦(撮影)

2. 椹木野衣氏と針生一郎氏の対話  2001年11月27日

2001年11月27日、9.11から2ヶ月半。衝撃がまだ生々しく、人々がそれをどううけとめるべきなのか戸惑っていた頃、この対話は行われた。晩秋の穏やかな日中、しんと静まった喫茶店に、2人はやってきた。
針生氏は席に着くなり、思慮深い普段の語り口とは異なる、いつになく熱っぽい口調で9.11の衝撃と、そこで感じた自分自身の感情を率直に語りだした。独白のようでもあり、問いかけのようでもあるその溢れでる言葉を、じっと聴き、メモに書き留める椹木野衣氏。針生氏の抜き差しならない発言を受け、冷静な早口で自らの考えを語りだした。親子以上に年の離れた、それぞれの時代に真摯に対峙してきた2人の批評家は、現在進行形のこの事態に何を感じ、どう考えるのだろうか。

この日の撮影は重苦しいものだった。
9.11の後の、アメリカのマス・ヒステリーと言いがかりのようなアフガン戦争。メディアはいいように操作され、いつのまにかあの間抜け面の大統領が、新世紀最初のヒーローのように表象されていた。あの醜悪なハリウッド製映画「インディペンデンスデイ」でさえ、ビル・プルマン扮する大統領はもう少しましな知性の持ち主ではなかったか?そんな絶望的な新世紀、世界が醜悪さに覆い隠されていた秋だった。

狭い室内、ロケハン後に撮影プランを考えた結果、カメラは一台で行くことにした。バジェットの問題ももちろんあるのだけれども、この緊密な空間で緊張感の高い対話が交わされることは明白であり、その緊張感、今まさに起こっている事態について考えをぶつける場の緊張感を、自分自身も共有し、表現に直結、映像化していこうと考えたのも確かだ。そうして2人の人物の対談をカメラ一台で撮影するという、通常ではまずやらない方法をとることにした。
カメラを簡易移動車に載せ、自分のリズムで押し引きする。レールを対話する2人と平行に敷き、それぞれの側にカメラが動いて入れるようにした。もちろん撮影のために対話を中断することはありえない。それぞれが語る言葉に合わせてカメラが緊張感をはらんだリズムをつくりだして行くべく動くのだ。ただ語っている人間の顔が見えるようにお互いのポジションにカメラが入るという機械的な移動撮影ではなく、時には語っている側の人物がいっさい写っていなくとも、その場に投げ出された問題の在処、目では見えない想念の領域をカメラで捉えなければいけないと思った。
セッティングが終わるころ、椹木野衣氏がやってきた。僕はこの時が椹木氏との初対面。あれ?失礼な話だが、前に写真で見た時よりなんかぽっちゃりしている!
精悍な芸術青年風の容貌を想定していた僕は、重ねて失礼な話、いささかめんくらってしまった。これはうっかり撮影すると、あのアート系学生のカリスマ・椹木野衣がただの太ったオタクにしか見えない!(椹木さん、本当にごめんなさい!!)ポーカーフェイスを装いながらも、僕は内心どうしたものかとあせっていた。撮影には常に、思いもよらないトラブルが潜んでいるのだ。

椹木野衣氏の風貌に内心慌てた僕は、頭の中を急回転させ、どうすればいいかを考えた。結論は10秒以内に。自分の方針を内面化させ、切所で瞬間的に表出させる。これがドキュメンタリー撮影の肝だといつも痛感する。ものを深く考えている人物でも、いざ目の前で何か起きた時、瞬間的にその出来事に対して判断が出来なければ、その思想の力は弱いものになってしまうだろう。まして僕のような仕事をしている人間が、瞬間的に己の基準に基づいた正しい判断が出来なければ、普段撮影について偉そうにいろいろ語っている言葉も、つまるところ無意味になってしまう。

ということで、出した結論が、「顔があまり見えないように撮る」だった。ほとんど反則なのだが、これは正しいと直感出来た。つまり、対話者2人に漂うであろう重い空気、それこそが今日の対話のメインテーマであり、監督の大浦さんとも確認していた狙いどころだった。この日本で生活していることで、抱え込まざるを得ない原罪のようなもの、それはこの撮影現場にも漂っているはずであり。それをあぶり出すことはこの日のテーマの一つでもあると思った。自分たちをいまここに存在させている条件そのものに目を向ける、椹木さん的に言えば、「還元のポップ」の意識を踏まえて、セッティングの修正をおこなった。

具体的に修正したことは、ますカメラの高さをあげることだった。高めの位置から人物を狙うことによって、映画を観る人は、彼らが置かれている状況というものに意識が向くようになると考えた。それからカメラが人物を通り過ぎるカメラワークを多用すること。定まらない視点が、用意に答えを出せない時代状況に誠実に対応出来ると考えた。これらの案は、もちろん「どうやったらオタクの紋切り型に人物のイメージを落とし込まれないようにするか」という苦肉の策から発生したのであったのだけれど、結果的にはうまく行ったと思う。現場はなんだかんだいって、こういうことがとても多いのだ。決して手抜きしている訳ではない。事実、この日の対話も予想通りの緊迫したものとなり、その核心を、映像でもかなりいいところまで追い込めていたと思う。感想は観た人にゆだねよう。

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2006年11月11日 04:35

現代美術家・天明屋 尚さん、ポレポレに。

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インディペンデントに活躍する大浦監督と天明屋氏。
今回が初対面でしたが、お互い美術家として共感しあっていて
とても和やかな対談に。

天明屋さんは、ポレポレ東中野に来るのは初めてだそうです。
実はかつて映画少年で、映画を撮るのが夢だとか。
近いうちに、実現できそうですよね。

本日=11月11日は、文筆家で一水会顧問の鈴木邦男氏!
対談は如何に。

鈴木さんより寄稿いただいているコメント
チラシに掲載させていただいてます。

こんな映画が可能なんだ。驚いた。これは思想映画だ。哲学映画だ。
国家、戦争、天皇制、アメリカについて語り、各人の歴史、人生を語る。

自分を通して語る言葉は説得力もある。
この日本で、世界の現状に抵抗する人々だ。

針生一郎、重信メイの根源的な魂と自由を求める旅がいい。
鵜飼哲、鶴見俊輔の言葉が熱い。
金芝河の言葉が重い。
思わず我々も立ちすくむ。
藤田嗣治の戦争記録画さえも我々に鋭く問いかける。

〈反体制〉という言葉を久しぶりに思い出した。
その戦い様に興奮した。
反体制だが決して反日ではない。

だって、これだけ日本と天皇制にこだわり、熱く語っている。
ちょっといたい。
そして、日本とともに心中しようとまで思いつめる。

心中は究極の愛だ。
それほどまでにこの日本を憂い、この日本が愛おしいのだろう。
その愛に感動した。

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2006年11月10日 01:26

荒戸 源次郎氏 参上!

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11月9日(木)は、大浦監督がで大いなるシンパシーを感じている
孤高のプロデューサー兼映画監督の荒戸 源次郎氏がゲスト。

本作の映画の話はさておき、
「ゲルマニウムの夜」公開にあわせて建てた上野にある‘一角座’の話や、
興行についてのお話のあれこれ、
先日ゲストで来ていただいた、若松孝二監督のエピソード等
なかなか聞けない、ここだけの話題で大いに楽しませていただきました。

‘一角座’は、荒戸氏曰く、映写設備を整えているので
スクリーンや音響は抜群とのこと。
the IKKAKU Festivalは12月17日まで開催中なので、
ぜひこの機会に!

本日=11月10日(金)は、注目の現代美術家・天明屋 尚氏。

アーティストを取り上げるドキュメンタリー映画
「≒(ニアイコール)」シリーズ 第4弾でもお馴染み、
またFIFAワールドカップ アートポスターの
日本代表に選ばれた事も話題になった、孤高の絵師『≒天明屋尚』

美術家同士の対話は如何に!?

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2006年11月08日 01:06

11/6(月) 瀬々敬久氏&11/7(火)白井佳夫氏 来場!

昨日は、公開作品が目白押しの瀬々敬久監督から意外なお話で盛り上がりました。
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本日は、前作「日本心中 針生一郎・日本を丸ごと抱え込んでしまった男。」
(2001年 90分)から熱いエールをおくっていただいている、
元・「キネマ旬報」編集長で映画評論家の白井佳夫氏と
連日熱のこもった上映&トークショーが続いてます。
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明日の水曜は、トークショーはお休みですが
毎週水曜日は英語字幕版の上映となります。

※For the screening period,
the film with English subtitles is shown on every Wednesday !

11月 9日(木) は、映画監督でありプロデューサーの荒戸 源次郎氏。
現在、上野の一角座では‘the IKKAKU Festival’開催中。

11月10日(金)は、注目の現代美術家・天明屋 尚氏。

いずれも異色対談となりますので、ぜひご期待ください!

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2006年11月06日 12:28

本日11/6(月) 瀬々敬久来る!

熱のこもった上映&トークショーが続く『9.11-8.15 日本心中』。
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昨晩、俄然盛り上がった若松孝二監督と大浦監督のトークに続き、
本日11月6日(月)のゲストは、映画監督の瀬々敬久さんです。
日本を鋭く斬る映画を撮り続けている俊英、瀬々監督と
本作監督大浦信行のトーク、どういう話が飛び出すか。要注目です!

瀬々監督からは、本作『9.11-8.15 日本心中』に関して感嘆のコメントを頂いています。
(コメント一覧はこちら
>遠く、たどり着けない希望。それでも私たちは求めている。
>だからこそ逆に、アラブにも韓国にもアフリカにもヨーロッパにもアメリカにも、
>そこで暮らす血の通った人々と繋がっていける。その希望は決して生ぬるい希望ではない。
>9・11 以降の世界観を日本人の立場で初めて提示した映画だと思う。
>それもこんなにも 豊かなやり方で。
>この映画は地上に住まう私たち、人々の映画だ。だから広がって欲しい。 

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2006年11月05日 09:47

本日11/5 若松孝二来る!

ついに公開が始まった『9.11-8.15 日本心中』。
針生一郎さんをゲストに呼び大盛況だった昨日の初日に引き続き、
本日11月5日(日)は、
伝説の映画監督、若松孝二さんが新作『実録・連合赤軍』のクランクイン直前に
ポレポレ東中野に駆けつけてくれます。

前作『日本心中』に引き続き支持を表明してくれている
若松監督と本作監督大浦信行の熱いトークにご期待ください!
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2006年11月05日 01:11

満員御礼!!

『9.11-8.15 日本心中』初日、補助席もでる大盛況でした!
上映後の大浦信行監督と針生一郎さんのトークショーにも熱が入り、
予定時間を大きく超えて盛り上がりました。
観に来ていただいた方、ありがとうございました。
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2006年11月04日 19:41

いよいよ初日!

『9.11-8.15 日本心中』本日夜8時20分よりいよいよ公開です!
中央線・総武線ご利用の方は、電車が東中野駅を通過する際、
ぜひポレポレ東中野に掲げられた横断幕をチェックしてください!
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report 撮影報告 動画付

2006年11月04日 16:13

撮影の記憶より 辻智彦(撮影)

1. 鵜飼哲氏と針生一郎氏の対話 2001年1月30日

それは2001年、薄雪が舞う寒い1月のある日に、一橋大学の構内にある古い建物で行われた。この映画の最初の撮影シーンでもあった。
9.11の約8ヶ月前。ブッシュ米大統領就任直後のことだった。
大統領の座をめぐって争った、その怪しげでいやに陰謀めいた選挙戦は、今から考えるとその後の世界の惨状を、きなくさく先取りしていたのかも知れない。

対話は、鵜飼氏が針生氏の批評活動の根拠を問うところから始まった。
柔らかく慎重な鵜飼氏の口調は、しかし厳密で鋭い。
針生氏も鵜飼氏に問われながら己の批評を振り返り、思わず痛恨の言葉が口をつく。
戦後の間もなくまでは、日本の美術界に確かに萌芽していた、真に新しい表現はどうして破産していったのか。いつしか天皇制システムに絡みとられ、頽落していった戦後日本の表現。山下菊二の描いた作品群が、ついに生まれなかった子どもたちに、無言の祈りを捧げているようにみえた。

この日の撮影を思い出してみた。
雪の積もった地面から容赦なく冷気が忍び込んでくる、底冷えのする日だった。戦前に建てられた大学の旧館は冷たいコンクリートとレンガ造り。真昼だというのに館内は薄暗い。僕たち撮影隊は、カメラ2台と移動車、それに照明機材を室内に運び込んでセッティングを開始した。
幸い電源容量には問題ない。それほど広くない室内を見回しながら、夕暮れの光の廻りを想像してライティングを決定していった。撮影は夕方スタートだ。

夕方近く、鵜飼さんが現れた。が、なんとゼミの学生さんたちも一緒に来てしまった。針生さんとの対談を是非見学したいというのだ。狭い室内、学生さんたちの居られるスペースは撮影プランに全く入っていない。どうしたものかと一瞬頭を抱えたが、臨機応変の対応は現場のイロハ、とっさに学生さんたちも画面に入れ込むことにした。
部屋の後ろに椅子を並べ、照明を暗く落した中に、並んで座ってもらう。針生さんの背景に、かすかにうごめく人影としてご出演願うこととなった。
即興のアイデアというものは、しばしば思いもよらない効果を画面に与えてくれる。針生さんの背中に、戦後日本の抑圧された無意識が、ぼんやりと、そしてはっきりと姿を現した。

日が暮れるのに合わせ、撮影開始。もう一台のカメラをオペレートしてくれる角山君は、1ヶ月以上の海外ロケを一緒に過ごしたこともある、気心の知れた奴だ。
かなり特異なルックで押し通すこの映画の撮影では、僕の方法を良く理解してくれる撮影スタッフが必要なのだが、彼なら安心して任せられた。

針生さんと鵜飼さんの緊迫した対話。寒さにもかかわらず、三脚のハンドルを持つ手もじっとりと汗ばんでくる。リターンモニターで返ってくる角山君の映像もいい感じだ。録音の川嶋さんもマイクブームを手に、ヘッドホンにじっと聞き入っている。撮影中は感触を掴みにくい監督の大浦さんも、禁煙パイポを三本の指でぐっと握り、対談内容の準備稿とモニターを交互に見比べている。悪くない反応だと思った。


余談だが、この時撮影助手として来てくれていたM君は、その後撮影助手の仕事を辞め、チェチェンに渡り、ムスリムに改宗して反政府ゲリラと合流した。9.11の直前だった。9.11の後、長い間行方不明だったが、ある時グルジアで拘束され、無事?日本に送還されてきた。その後彼とは話をしていないが、何が彼をその行動に駆り立てたのだろう。行動派の彼なら考えた結果ではないというだろうが、なら彼の無意識の衝動は、何に由来しているのだろう。

この映画をめぐるテーマとの奇妙な符合を、僕は感じてならなかった。

無題ドキュメント